改訂新版 世界大百科事典 「キレート試薬」の意味・わかりやすい解説
キレート試薬 (キレートしやく)
chelating agent
金属イオンに配位してキレート化合物をつくる多座配位子,あるいはそのような多座配位子となりうる化合物をいう。たとえば炭酸は二つの水素イオンを放って炭酸イオンとなり,中心原子Mに配位して4員キレート環をもつカルボナト錯体をつくるから,炭酸,炭酸イオンあるいは炭酸塩は最も簡単なキレート試薬の一つである。
同様のものとして,5員キレート環をもつオキサラト錯体をつくる,酸性基二つをもつシュウ酸のようなジカルボン酸がある。
これに対して,エチレンジアミンの場合には,二つの非酸性の-NH2基のところでそのまま中心原子に配位する。同様の非酸性-NH2基および=NH基をもつ試薬として,三座配位のジエチレントリアミン,および四座配位のトリエチレンテトラミンなどがある。
アミノ酸,たとえばグリシンのように一つの分子中に酸性基と非酸性基とをもつ試薬の場合には,キレート生成によって中心原子の酸化数と配位数とを同時に満足する場合が多く,このときできる電気的に中性のキレート錯体はインナーコンプレクスinner complex salt(分子内錯塩)と呼ばれ,沈殿試薬として重要なものが多い。
エチレンジアミン四酢酸(EDTA)は非酸性の≡N基二つと酸性の-COOH基四つをもつ試薬で,ふつう六座および五座配位子として働く。
EDTAあるいは類似のアミノポリカルボン酸はコンプレクソンcomplexon(登録商標)あるいはコンプレクサンcomplexanと呼ばれ,多くの金属の分離,精製,分析(とくにキレート滴定)などに広く用いられる。
執筆者:近藤 幸夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報