キレート滴定(読み)きれーとてきてい(英語表記)chelatometric titration

日本大百科全書(ニッポニカ) 「キレート滴定」の意味・わかりやすい解説

キレート滴定
きれーとてきてい
chelatometric titration

金属イオンが多座配位子で囲まれて安定な錯化合物を生成するとき、その化合物をキレートというが、多くの金属イオンと安定なキレートを生成するEDTAエチレンジアミン四酢酸)およびその類縁化合物のアミノポリカルボン酸類を滴定試薬として用いる滴定法キレート滴定という。古くは単座配位子あるいは多座配位子の錯生成平衡に基づく滴定法を錯滴定compleximetric titrationといっていたが、スイスのシュバルツェンバハGerold Schwarzenbach(1904―1978)により1945年に創始されたキレート試薬の開発と利用法が確立して、現在ではアミノポリカルボン酸類を滴定試薬として用いる滴定法をさすようになった。

 EDTAの構造を図Aに示す。

 キレート試薬としてEDTAがもっともよく用いられるが、その特徴は次のとおりである。

(1)六座配位子として働き、水溶液中で多くの金属イオンと速やかに安定なキレートを生成する。

(2)金属イオンの電荷に関係なく、ほとんどの金属イオンと1:1錯体を生成する。

(3)EDTAおよび生成したキレートは通常のpH水素イオン指数領域では水溶性である。

(4)EDTAの水溶液は無色であり、大部分のキレートも無色である。わずかに着色するキレートとしてCo赤色、Cu青色、Ni青色、Pd黄色が知られている。

(5)高純度の試薬が得られる。現在入手可能なEDTA・2Na塩の純度は99.5%以上である。

 現在では高純度のEDTAが入手でき、乾燥後水に溶かして標準液とすることもできるが、通常は容量分析の一次標準である金属銅や金属亜鉛を溶解して調製した標準液を用いて、EDTAの力価を定める。この操作を標定standardizationという。このように調製、標定したEDTA溶液を滴定剤として用いれば金属イオンの絶対量を測定することができる。

[成澤芳男]

キレート滴定法の分類

通常は、EDTAを滴定液とする直接法が用いられるが、金属イオンあるいは指示薬の関係で、逆滴定法、置換滴定法も用いられる。

[成澤芳男]

直接滴定法

もっとも一般的な滴定法であり、滴定液にキレート試薬液を用い、試料液中の金属イオンを滴定する。

[成澤芳男]

逆滴定法

試料液中の金属イオンに対し、過剰量のキレート試薬を加え、その過剰量を適当な金属イオンで滴定する。逆滴定法は、(a)目的とする金属イオンに対する適当な指示薬がない場合、(b)滴定pHにおいて、目的とする金属イオンが水酸化物の沈殿を生じるような場合、(c)キレート生成速度が遅い場合によく用いられる。たとえばアルミニウムイオンの場合には、過剰のEDTAを加え、弱酸性(pH3)とし、沸騰するまで加熱してまずキレートを生成させる。室温まで冷却し、過剰のEDTAを亜鉛標準液で滴定する。

[成澤芳男]

置換滴定法

逆滴定における(a)、(b)のような場合に用いることができる滴定法である。たとえばMg‐EDTAキレートの溶液に、試料の金属イオンMn+が加わると、次の置換反応がおこる。ここでYはEDTAを表す。

  MgY2-+Mn+MYn-4+Mg2+
 K'M,YK'Mg,Yのとき、遊離したMg2+を、pH10でBTエリオクロムブラックT)を指示薬として、EDTAで滴定することにより、間接的にMn+の濃度を求めることができる。ここでK'M,YK'Mg,YはM‐EDTAとMg‐EDTAの条件生成定数で、溶液の条件にあうようにキレート生成定数から計算することができる。

[成澤芳男]

キレート滴定における終点決定法

電気的決定法

当量点近傍でおこる金属イオン濃度の急激な変化をイオン選択制電極や金属電極で測定して終点を決定する。金属イオン濃度と比例関係にある拡散電流の変化を測定したり、電気伝導度の変化を測定する方法もある。

[成澤芳男]

指示薬決定法

金属キレートと指示薬との色調変化を利用する金属指示薬法、酸化還元電位の変化により変色する酸化還元指示薬法がある。キレート滴定では金属指示薬法が一般的である。代表的な金属指示薬としてBTを示す。BTはナフトール性ヒドロキシ基(-OH)2個とスルホン基(-SO3H)1個をもつ三塩基酸(H3I)である(図B参照)。

 Mg‐EDTAキレートの条件生成定数(K')は、pH10でlogK'=8.2であり、10-2M程度のMg2+イオンの溶液であれば、当量点でも定量的にキレートを生成している。図CにBT指示薬の存在種、色調およびBTキレートの色調とpHの関係を示した。

 pH9.7から12は、滴定が定量的に行われる範囲を計算によって求めたものである。pH10付近で滴定すれば、当量点ではMg2+とEDTAは定量的に反応し、しかも、当量点近傍で次の反応がおこり、MgIの赤色からHI2-の青色への変化がおこるので、この点を終点とすればよい。


[成澤芳男]

『上野景平著『キレート滴定』(1989・南江堂)』『河合聡著『定量分析化学』第3版(1992・丸善)』『田中稔他著『分析化学演習』(1993・三共出版)』『奥谷忠雄他著『基礎教育 分析化学』(1995・東京教学社)』『木村優・中島理一郎著『分析化学の基礎』(1996・裳華房)』『井村久則他著『基礎化学コース 分析化学1』(1996・丸善)』『宇野文二他著『定量分析化学』第5版(2001・丸善)』


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