日本大百科全書(ニッポニカ) 「グリシン」の意味・わかりやすい解説
グリシン(アミノ酸)
ぐりしん
glycine
不斉炭素原子をもたない唯一のアミノ酸で、かつもっとも簡単なアミノ酸。略号はGlyまたはG。タンパク質の加水分解物から最初に単離されたアミノ酸の一つ。化学式はNH2CH2COOHで、アミノ酢酸ともよばれる。分子量は75.07。水に溶けやすく、アルコールには溶けにくい。ヒトにとっては非必須(ひひっす)アミノ酸である。1820年にフランスの化学者ブラコノーHenry Braconnot(1780―1855)がコラーゲンcollagen(膠原(こうげん)質)から単離したことと、甘味があることからグリココルglycocollともよばれた。
グリシンは動物性タンパク質、とくに絹フィブロインやゼラチンには多量に含まれ、オキシトシンやバソプレッシンなどのペプチドホルモンやグルタチオンなどのペプチドの構成成分でもある。動物体内ではセリンとの相互転換反応によって合成されるほか、グリオキシル酸にグルタミンがアミノ基供給源となってグリシンを生成する。グリシンは神経伝達物質(神経細胞間のシナプス伝達の際に軸索の末端にある神経終末から放出される化学物質)の一つである。また、生体内の代謝系でも重要な役割を果たし、核酸の塩基成分であるプリンの分解系、エネルギー代謝に関係するクレアチンの合成系、血色素、クロロフィル、ビタミンB12の成分であるポルフィリンの合成系などに関与している。さらに、生体に与えられた毒物や薬物を水に溶けやすい性質に変えて尿中や胆汁中に排泄(はいせつ)する解毒機能の一型式としてグリシン抱合がある。たとえば、安息香酸はグリシン抱合によって馬尿酸となり、尿中に排泄される。
製法としては、モノクロル酢酸(モノクロロ酢酸)にアンモニアを反応させる方法、および絹または膠(にかわ)を希塩酸と煮沸加水分解する方法などがある。結晶形はα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)の三つが知られている。o(オルト)-フタルアルデヒドによって呈色し、微量でも検出できる。
[降旗千恵]
食品
グリシンは甘味、うま味をもち、静菌作用や緩衝作用があるため、食品加工の分野で食品添加物として、調味料やpH調整の目的で使用される。たとえば、豆腐、豆乳などのうま味の増加、粉末清涼飲料の風味増加、ビスケットの油の酸化防止、魚肉ねり製品や白飯の品質保持などに用いられる。
[河野友美・山口米子]
『アミノ酸シリーズ編集委員会編『アミノ酸シリーズ10 セリン、グリシン』(1970・世界保健通信社、南江堂発売)』▽『川合述史著『分子から見た脳』(1994・講談社)』
グリシン(Viktor Vasil'evich Grishin)
ぐりしん
Виктор Васильевич Гришин/Viktor Vasil'evich Grishin
(1910―1992)
ソ連の政治家。セルプホフで労働者の子として生まれる。1939年以来の共産党員。1950年から党モスクワ市委員会で活動。1956年3月全連邦労働組合評議会議長となり、1967年6月にその職をシェレーピンに譲るまで11年間にわたってソ連労働組合最高指導者の位置にあった。1952年の第19回党大会で党中央委員に選ばれ、1961年には幹部会員候補、1966年政治局員候補、労働組合から退いた1967年には党モスクワ市委員会第一書記となる。1971年4月には政治局入りし、以後、一貫して中堅指導者としての位置を占めた。
[塩川伸明]