ギニア侵攻事件(読み)ギニアしんこうじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギニア侵攻事件」の意味・わかりやすい解説

ギニア侵攻事件
ギニアしんこうじけん

1970年 11月 22日ポルトガル軍を中心にした傭兵部隊がギニアの S.トゥーレ政権の転覆をねらって首都コナクリに侵攻した事件。 58年独立したギニアは自国内で急進的な政策を推進するとともに,周辺の植民地諸国,特にポルトガル領ギニアの解放運動に大きな影響力を与えてきた。 70年 11月 22日ポルトガル軍および反政府分子約 300名から成る部隊がコナクリの数ヵ所に上陸,攻撃したため,ギニア政府は同日,国連安全保障理事会の開催を要求した。翌 23日同理事会は攻撃の停止,外国軍隊の撤収と,ネパールなど5ヵ国の国連首席代表から成る特別調査団の現地派遣を決定した。戦闘は侵入軍の撤退により終結し,一段落をみた。ポルトガル政府の否定にもかかわらず,同国軍隊の関与を認めた調査団の報告に基づき,12月8日安全保障理事会はポルトガル政府に対し,武力攻撃による損害を賠償するよう求めた決議案を可決した。しかし,侵攻事件落着後も政治的緊張は沈静せず,ギニアとポルトガルとの関係の険悪化はいうまでもなく,西ドイツもこの事件に関係ありとして,ギニアは 12月末同国駐在西ドイツ大使を追放,翌 71年1月末,西ドイツとの外交関係を断絶した。

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