グラックマン(読み)ぐらっくまん(その他表記)Max Gluckman

日本大百科全書(ニッポニカ) 「グラックマン」の意味・わかりやすい解説

グラックマン
ぐらっくまん
Max Gluckman
(1911―1975)

イギリスの人類学者南アフリカ連邦(現、南アフリカ共和国)で生まれ、ウィトウォーターズランド大学とオックスフォード大学で人類学と法学を学ぶ。ヨハネスバーグローズ‐リビングストン研究所などを経て、1949年以降マンチェスター大学教授。アフリカ諸部族の調査研究に基づき、「闘争中に平和あり」の動的な社会構造論を唱えてイギリス社会人類学の伝統を発展させ学際的な紛争研究にも貢献、またバローツェ部族法を分析してコモン・ローにも準ずる法的諸原則・諸制度が発達していることを報告して法人類学の発達に足跡を残した。そのほか業績も多く、1962~1966年には英連邦社会人類学会議長を務め、また多くの学者を養成し学界の組織者としても活動が大きかった。

[千葉正士 2018年11月19日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「グラックマン」の意味・わかりやすい解説

グラックマン
Gluckman, Herman Max

[生]1911.1.26. ヨハネスブルク
[没]1975.4.13. エルサレム
南アフリカ生れのイギリスの社会人類学者。人類学者による都市研究を推進したマンチェスター学派の中心人物。 B.マリノフスキーに師事したのち,オックスフォード大学講師を経て,マンチェスター大学教授。ズールー族バロツェ族の調査を行い,その伝統的文化・社会構造を植民地という複合社会のコンテクストのなかで扱うべきであると主張した。また,矛盾葛藤が社会体系の維持に寄与するとの立場から,マリノフスキーやラドクリフブラウンに端を発する機能主義的な均衡理論に異を唱えた。主著"Custom and Conflict in Africa" (1955) ,"Politics,Law and Ritual in a Tribal Society" (65) ,"The Ideas in Barotse Jurisprudence" (65) 。

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