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社会人類学 しゃかいじんるいがく social anthropology

翻訳|social anthropology

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

社会人類学
しゃかいじんるいがく
social anthropology

フランスの社会学者 E.デュルケムの影響下に,イギリスの A.ラドクリフ=ブラウンや B.マリノフスキーによって基礎がつくられた人類学の一分野。諸民族,諸社会のなかで,家族,親族,共同体などの社会組織や政治・経済組織,宗教的儀礼などを研究対象とする。

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デジタル大辞泉の解説

しゃかい‐じんるいがく〔シヤクワイ‐〕【社会人類学】

人類学の一分野。人類の文化的・社会的起源およびその発展を実証的に研究する学問。しばしば異なる社会との比較研究の形をとる。文化人類学ともいう。

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百科事典マイペディアの解説

社会人類学【しゃかいじんるいがく】

人類学の一分野。諸民族の主として社会組織・社会構造の分析を重視する。参与観察に基づく現地語による調査(フィールドワーク)の方法を確立し,機能主義,機能=構造主義といった人類学の潮流を生み出してきた。
→関連項目エバンズ・プリチャード人類学

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃかいじんるいがく【社会人類学 social anthropology】

社会人類学とは何であるかを説明するとき,最初に問題となるのは文化人類学との関係,または相違である。社会人類学を一つの学問分野と考えると,それには二つのとらえ方がある。一つは,社会人類学は考古学や言語学を含んだ広義の文化人類学の一部門であるとするもの,もう一つは,文化とそのさまざまな現れを研究対象とする文化人類学に対し,社会関係や社会構造を問題とする別個の学問分野であるとするものである。前者は主としてアメリカの文化人類学におけるとらえ方であり,後者はイギリスの社会人類学者に多い見方である。

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大辞林 第三版の解説

しゃかいじんるいがく【社会人類学】

文化人類学の中で、特に社会制度や社会構造を中心に研究する分野。未開社会の研究を目的としたが、現代では文明社会をも対象としている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

社会人類学
しゃかいじんるいがく
social anthropology

集中的現地調査をもとに、異なる社会の比較研究を行う人類学の一分野。具体的には、制度化された社会行動の体系、つまり家族、親族、政治・経済組織、宗教、儀礼などについて、その機能、構造や意味を分析する。
 人類学は、大航海時代に西欧勢力が世界各地に拡大して以来、非西欧社会についての情報が急激に蓄積され、それを整理体系づける学問として19世紀に生まれた。この民族誌的伝統を基盤に、イギリスで20世紀に入ってその経験実証主義的な伝統とフランス社会学とくにデュルケームの理論が結び付き、人類学者自ら現地で集中的に調査を行い、その資料に基づいて社会を分析し、その構造をモデル化するという点で目覚ましい発達を遂げた。
 1922年、マリノフスキーとラドクリフ・ブラウンはそれぞれトロブリアンド島、アンダマン島における長期の調査に基づく詳細なモノグラフ(単民族誌)を出版した。これらは、ともに社会諸制度間の機能的関連を重視し、いかに社会的統合が保たれているかを、詳細な具体的事実の分析を通じて明らかにした画期的な著作であった。したがって、この年は、他人の集めた不確かな資料をもとに制度の起源や文化の伝播(でんぱ)を推測する進化主義や文化圏説とはまったく異質の、人類学の新しい領域である社会人類学の誕生を告げる記念すべき年となった。マリノフスキーの機能主義は、たとえば、一見したところ前世紀の遺習にみえるものも、それが現に存在している限りなんらかの機能を果たしているように、社会のあらゆる制度が相互に機能的関連を有しているという前提にたつ。彼が手本を示した社会人類学的調査は、長期間(最低1年)研究者が住民とともに生活し、現地語や習慣を習得しながら参与観察により資料を収集するものである。ラドクリフ・ブラウンの構造主義は、現実の社会関係から構造的形式を抽出することによって異なる社会の制度間の比較を行い法則性の追究を行おうとするものであった。この2人の調査技術と機能構造主義理論を身につけた弟子たちが1930年代から50年代にかけて、アフリカを主要なフィールドとしつつ、世界各地における本格的なモノグラフとそれに基づく理論的研究を積み重ねていった。
 しかし1950年代になると、ラドクリフ・ブラウン流の社会統合の調和的側面の強調、社会人類学のモデルを自然科学に求めたこと、そして歴史的変化の過程への関心の薄さへの反省が内部からもおこった。エバンズ・プリチャードは、社会人類学と歴史学の方法の類似性を指摘、社会人類学が自然科学より人文科学に近いとした。ファースは早くから個人の選択を重視していたが、50年代盛んになったオセアニア地域を中心にした選系出自論についての有力な論客の一人であった。グラックマンは、予定調和的な構造主義の限界内ではあるが、紛争や対立という現象に関心を示し、状況分析やネットワーク(個人関係の網の目)論の源流となっている。リーチは、社会を硬直した構造としてとらえることに反対し、ミャンマー(ビルマ)の農耕民カチンのモノグラフで、個人の利害に基づく相互作用が、一時的に均衡をもたらし体系を成立させていても、つねに変化の可能性をもっている動態的モデルを提出した。こうした多様な方向への展開を示した第2世代も、綿密な調査資料の記述のうちに、具体的事実と理論的分析との対応関係が明示されているモノグラフを著している点では共通している。
 1970年代には、機能構造主義のもっとも忠実な後継者であるフォーテスも含め第2世代が現役を退き、新たなる転機を迎えた。フランスのレビ(レヴィ)・ストロースの婚姻連帯理論やシンボリズム研究の影響、インド研究やフリードマンの中国研究にすでにみられた文明社会の本格的研究の増大、非西欧出身の研究者の増加などを新しい傾向としてあげることができよう。
 こうした社会人類学の真髄に触れるには、概論書を数多く読むより本格的なモノグラフを一冊通読することがもっとも確実な早道である。[末成道男]

1980~90年代の動向

1980年代以降の社会人類学の大きな特徴として「――主義の終焉(しゅうえん)」があげられる。これまで社会人類学では、進化主義、伝播主義、機能主義、機能構造主義、構造主義といったそのときどきの社会人類学を代表し、この学問の流れを方向づける理論的パラダイム(一般の範例となるような業績、考え方の枠組み)が次々と生み出されてきた。しかし、エバンズ・プリチャード、グラックマン、ファース、フォーテス、リーチなど第2世代の「巨人」が相次いで現役を退いていった1970年代末以降、社会人類学は学問の流れを方向づけるような普遍的な大理論の構築を目ざすよりも、むしろそれぞれの社会や文化の個別性を強調し、それをどう記述するかということを重視するようになってきた。こうした個別化の流れのなかにあって、ニーダムは「人間の思考の性癖」の追求という人類の普遍的な問題に取り組んできたが、彼に続こうとする動きはこれまでのところ出てきていないようである。
 また、1980年代には「機能から意味へ」「説明から記述へ」という考え方が強調されるようになったことを受けて、社会人類学者が自分たちの行っていることを省みるいわゆる「省察人類学」が盛んになった。それまで、社会人類学者は調査地でインフォーマント(情報提供者)から得た資料をもとにして、その社会に存在する社会制度、規則、慣習等の機能を説明することに重点を置いてきた。しかし、「省察人類学」では、いかなる制度も規則も慣習も、それらに意味を与えるコンテクスト(周囲の状況、文化的背景)から離れては実体をもちえず、その意味というものは調査者とインフォーマントが互いに調査し調査される過程において共同で構築していくものであり、それゆえ絶えず変化していく可能性があるものである、と考える。したがって、社会人類学者が行うのは制度や規則や慣習の機能の説明ではなく、これらに与えられる意味がつくりだされていく過程の記述であり、社会人類学者はこの過程に参加している自分自身を省みることが必要となってくるのである。この「省察人類学」と並んで、それまであまり注意を払われることのなかった、人類学者が「民族誌」を書くという行為のもつ意味やそれに伴うさまざまな問題が重要視されるようになってきた。
 このほかの近年の動向としては、ヨーロッパ地域研究の増加やジェンダー、エスニシティ、ナショナリズム、移民、都市、開発、医療、環境といった現代社会の諸問題と強くかかわりをもつ分野の研究の増大があげられる。[仲川裕里]
『B・K・マリノフスキー著、寺田和夫・増田義郎訳『西太平洋の遠洋航海者』(『世界の名著59 マリノフスキー、レヴィ=ストロース』所収・1967・中央公論社) ▽D・E・ポコック著、末成道男訳『社会人類学入門――その思想的背景』(1970・弘文堂) ▽エバンズ・プリチャード著、向井元子訳『ヌアー族――ナイル系一民族の生業形態と政治制度の調査記録』(1978・岩波書店) ▽中根千枝著『社会人類学』(1987・東京大学出版会)  ▽J・クリフォード、G・マーカス著、春日直樹他訳『文化を書く』(1996・紀伊國屋書店) ▽Parkin,D(ed.):Semantic Anthropology(1982,Academic Press,London&New York)  ▽Holy,L(ed.):Comparative Anthropology(1987,Blackwells,Oxford) ▽Ahmed,A.and Shore,C:The Future of Anthropology(1995,the Athlone press,London)』

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世界大百科事典内の社会人類学の言及

【文化人類学】より

…ドイツ流の学風の影響を強くこうむってきた第2次大戦前の日本でも,そうした用法が踏襲され,その傾向は,文化人類学という名称がかなり一般化した今日でも,〈日本民族学会〉〈国立民族学博物館〉などの名まえにみるとおり,なお根強いものがある。 ヨーロッパでもイギリスでは,人間の自然・文化両面を総合して研究する人類学に対して,とくに文化面を対象とする部門に文化人類学という名称が使われたこともあったが,後に述べる理由によって,現在では社会人類学の名称が用いられている。この場合,社会人類学は個別の独立科学であって,人類学の下位部門を構成するものとは考えられていない。…

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