法人類学(読み)ほうじんるいがく(その他表記)anthropology of law

改訂新版 世界大百科事典 「法人類学」の意味・わかりやすい解説

法人類学 (ほうじんるいがく)
anthropology of law

人類学的方法による法の研究をいう。従来はいわゆる未開社会の法を対象としてきたが,最近は対象を西欧社会にも広げ,法に関する意識,態度,価値観,信念などを広く法文化legal cultureとして研究する動向がみられる。同様に,国家法以外の慣習法,固有法,非公式法unofficial lawなどをフォーク・ローfolk lawとして一括,研究しようとする動向,さらに国家法とこれらフォーク・ローとの同化,緊張の関係を多元的法体制として研究する動きもあらわれている。20世紀初頭に法社会学が,西欧社会にも制定法のほかに実際に機能している〈生ける法〉のあることを発見し,またそれに続いて人類学者が未開社会の固有法などを調査,研究し始めてから,近代西欧が完成した国家法を法のモデルとする法学は相対化されて,その文化的特殊性が認識されるようになった。また,第2次大戦後に旧植民地が独立して独自の国家,法体系を持つにいたったことも,法に関する文化的多様性の認識を促進する一因となった。

 法人類学の萌芽は,歴史における社会進化を〈身分から契約へ〉ととらえたイギリスの法史学者H.メーンや,原始共産制,原始乱婚制を想定したアメリカの人類学者L.H.モーガンらに代表される19世紀の社会進化論にあった。このほかに法人類学の形成に影響を与えた業績としては,ドイツにおいては比較民族法学の名で非西欧社会の未開法を収集したA.H.ポストとJ.コーラーおよび民族心理学者M.ブント,フランスでは社会理論で影響の大きいÉ.デュルケームや贈与慣行を研究したM.モース,そしてオランダにおいてはS.R.スタインメッツインドネシアにおけるアダット法の研究などが挙げられる。さらに1920年前後に主としてイギリスの人類学者が,現地調査による資料にもとづいて社会進化論の単線的思考を批判してから,法人類学は基礎づけられた。すなわち,B.K.マリノフスキーは法を,集団生活を可能にさせる社会的メカニズムとして分析し,その本質は互酬と公然性にあると説き,また,A.R.ラドクリフ・ブラウンは,サンクションの体系の中に未開法を位置づけた。以後,イギリス法人類学はおもにアフリカ植民地の部族法tribal lawを調査し,R.S.ラトレー,E.E.エバンズ・プリチャード,S.F.ナデール,などの研究者があらわれた。彼らの研究成果により,未開法の特徴として,人の地位・権利は親族構造とくにリネージにより規定されていること,土地その他の財産には諸集団の重畳的利用が多いこと,侵害行為は当事者とその所属集団相互間の交渉あるいは第三者の介入で処理されるものが多く社会全体に対する犯罪は神聖冒瀆や外婚制違反など特殊なものに限られていること,しかし権利,正義,公正手続などの観念は成立していること,等々が明らかとなった。他方,アメリカの人類学者はおもにエスキモーやアメリカ・インディアン諸族の調査を基礎に研究を進めた。E.A.ホーベルは法学者K.ルーウェリンとシャイアン族の法習俗を共同研究し,紛争処理の法技術が高度に発達していることを指摘したが,その紛争事例研究法が第2次大戦以後の諸研究のモデルとなり,P.ボハナン,L.ポスピシルらの業績を生んだ。イギリス系の研究者も,M.グラックマンがこの方法によりアフリカのバローツェ族の権利・正義の観念および紛争処理手続の発達を明らかにしている。1960年代以降は,多くの研究者が各地を調査して諸研究を発展させている。

 これらの研究を推進した最有力のテーマは紛争および紛争処理をめぐるものである。調査・研究の蓄積により,いわゆる未開社会では対決,戦闘,復讐などが,実は紛争処理手段を含む一定のルールを伴っていて,それらが諸集団を結びつける社会構成原理ともなっていること,すなわち紛争を処理する手段が発達していて,当事者の追放,離隔,処罰,当事者間の交渉,それに対する仲介,調停,裁定など第三者の介入等々の諸制度のあることが明らかとなり,現代社会の平和研究,紛争研究にも大きな影響を与えている。このテーマは具体的には下級の国家裁判所と固有法上の裁判所ないし慣行との関係として考察されることが多かったが,この視点を拡大させたものが法体制多元論legal pluralismのテーマである。この問題意識は西欧社会にも向けられはじめ,裁判所にかわって機能している諸紛争処理手段が裁判代替手段として研究されつつある。この代替手段は当然なんらかの法に支えられていると考えなければならぬが,これを表す概念としてフォーク・ローという用語が導入され,独自の研究領域とされるにいたった。この語はまだなじみがうすいが,1981年に国際法人類学会(正式には国際人類学民族学連合フォーク・ロー・多元的法体制委員会)の主目標として採用された。
紛争
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「法人類学」の意味・わかりやすい解説

法人類学
ほうじんるいがく

人類学的方法による法の研究をいう。この学問的関心は、19世紀後半にメーンやモルガンなどから始まり、20世紀にマリノフスキーやラドクリフ・ブラウンらにより基礎づけられ、それら人類学者の業績が、第二次世界大戦後に新しい法社会学の成果とみられるようになった。さらに、ホーベルやグラックマンら人類学者の未開法研究により、1960年前後から法現象を対象とした社会科学の新特殊分野に発展した。それは、未開社会の親族・土地・紛争処理などに関する固有法を主対象としたが、それらも戦後独立した新興国の国家法と対立緊張しつつ併存している事実が、70年代以降法学者・政治学者らの参加により重視された結果、非西欧諸国における固有の紛争処理手段と国家裁判所との関係、ひいて多元的法体制legal pluralismが問題として確立した。また、それに伴う法意識・法文化legal cultureの多元性も問題となり、さらに最近は、それらの問題意識が西欧社会における国家法以外の裁判代替手段や法慣行へも関心を呼び起こし、西欧・非西欧にまたがるfolk lawの観念を生むに至った。

 法人類学は、独立の社会科学としての名称、対象、方法、体系がまだ確立したわけではないが、南北問題に象徴されるように西欧的近代法一元の法律観を反省し、法における文化的差異に着目、法を文化の一形態として見直そうとするもので、その現代的意義からいっそうの発達が期待されている。アジア諸国はアフリカ諸国と並んでその重要な対象領域であり、ゆえにわが国の学者にも積極的な参与が期待されている新しい学問である。

[千葉正士]

『千葉正士著『現代・法人類学』(1969・北望社)』『S・ロバーツ著、千葉正士監訳『秩序と紛争――法人類学入門』(1982・西田書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「法人類学」の意味・わかりやすい解説

法人類学
ほうじんるいがく
anthropology of law

文化人類学の分野に系統づけられる新しい学問。 19世紀末までは比較民俗法学が主流となっていたが,B.マリノフスキーらに代表されるイギリス機能主義学派は,社会組織の研究を通じて E.エールリヒの唱えた「生ける法」を発展させ,その研究方法の樹立を試み,社会的規範や慣習を含めた人間社会の法を具体的にとらえ,重視するようになった。以後,イギリスのアフリカ研究を基礎に,国家法とも関連づけた多元的な法体制の研究へと発展している。

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