経済諸量がバランスを保って変動への傾向をみせなくなる状態を均衡という。たとえば、需要と供給とがある価格水準において等しくなるような場合である。この均衡状態がどのような条件において成立するか、そこからなんらかの理由で離れたとき、元へ戻ってくるかどうか、その条件はなにか、などを分析する理論を均衡理論という。
[一杉哲也]
このような理論は、広義に解せば経済学史上かなり古くからあったが、これを理論的に大成したのはレオン・ワルラスである。
ある財1の需要D1は、その財の価格p1の関数と考えられる。すなわち、
D1=F1(p1)
しかしp1が上がると、財1に代替できる財2を皆は買うようになるから、財2がなかった場合に比べてD1はより多く減るであろう。逆に、財1が財2と補完関係(結合してのみ使えること)にあると、p1の上昇は財2の需要D2をも減らすことになる。このような相互依存関係を考慮に入れると、n個の財の需要関数は、
D1=F1(p1, p2,……, pn)
D2=F2(p1, p2,……, pn)
………………………
Dn=Fn(p1, p2,……, pn)
と示されることになる。同様にn個の財の供給関数は、
S1=f1(p1, p2,……, pn)
S2=f2(p1, p2,……, pn)
………………………
Sn=fn(p1, p2,……, pn)
となる。かくして、これらの財がすべて取引されるような一般的均衡状態は、
D1=S1, D2=S2,……, Dn=Sn
である。n個のD、n個のS、n個の均衡価格がすべて矛盾なく成立するためには、3n個の方程式を同時に解くことが必要であり、これが現実に競争市場で行われていることなのである。このような形でワルラスは一般均衡論を体系化していった。
しかし財1の需要を一次的接近としてp1のみの関数として考えることは、依然として現実分析上有効である。このように、他の条件を固定し、ごく少数の独立変数だけを考慮に入れて分析するものを部分均衡論という。
[一杉哲也]
前記の例において、財1の市場が均衡である条件はD1=S1であった。いまなんらかの事情でp1が上がったとしよう。財1の需給が均衡を回復する(需給が等しくなる)ためには、それ以外の財が均衡を回復したとき、D1<S1でなければならない。これが、財1において均衡が安定(均衡から離れると元へ戻ってくる)である条件である。このように均衡が安定かどうかを分析するのが安定条件論である。
[一杉哲也]
ワルラス以後、J・A・シュンペーターは景気変動を一般均衡理論的に説明し、J・R・ヒックスは将来の予想を体系に加え、O・R・ランゲ、D・パティンキンはさらに一般化を行った。またW・レオンチェフは相互依存関係を産業連関表という形でとらえ直した。最近では、ケインズ経済学などマクロ体系を均衡理論的に解釈しなおす研究が盛んである。
均衡理論は、経済学の理論に次のような影響を与えた。第一は論理的整合性の徹底である。二つの変数を解くには、二つの方程式をもってしなければならない。第二は決定の論理である。ある価格がその値に決まるのは、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線があって、それが交差するところにその値があるからである。第三は相互依存関係の認識である。すなわち、ある価格の変化は、その財の需給を変化させるだけでなく、代替、補完その他の諸関係を通じて、他の経済諸量に波及してゆく。均衡理論はこのように大きな影響を及ぼしたが、反面、この理論は現実分析を忘れ、理論のための理論に走りやすい危険をもっている。
[一杉哲也]
『D・パティンキン著、貞木展生訳『貨幣・利子及び価格』(1971・勁草書房)』▽『L・ワルラス著、久武雅夫訳『純粋経済学要論』(1983・岩波書店)』▽『J・R・ヒックス著、安井琢磨・熊谷尚夫訳『価値と資本』上下(岩波文庫)』
古典力学モデルに基づく社会システム(社会体系)論においては、均衡(または均衡状態)とは、当該システムのさまざまな構成要素(変数)が一定の「力social forceの場」で示す安定した関係を外的に観察して、これをいわば静態的に記述したものである。いうまでもなく、一見静態的staticにみえるシステム状態も、潜在的には動態dynamicを含むが、そこに作用している「力の総量」そのものは、この場合問われることはない。こうした均衡モデルは、システム内の一定の均衡逸脱ベクトルが、これに対する正反対の力の働きによってつねに元の均衡状態へ戻ろうとする傾性を備えているものと考えられる。こうして二者システム(ダイアード関係)における作用・反作用から多変数の複雑なシステムにおける「一般的な均衡」に至るまで、システム内の動的過程は、つねに「ネガティブ・フィードバック」として観念されることになる。
[中野秀一郎]
このような均衡概念を基礎にして社会システムのモデルを構築したのはアメリカの社会学者ホマンズである。彼によれば、社会システムを構成する諸要素としての「行為する個人の感情、活動、相互作用、規範」が相互に関数的に関係しあう全体は、つねに「システム内の要素に生じた変化が他の要素の変化によって減退させられてしまうような状態」(均衡状態)へ志向すると考えられていた。もっとも、経験的事実の観察からモデル化を目ざしたホマンズが、日常的な経験に基づく社会システムの動的側面を見逃すはずはなく、彼はこうした均衡状態の不安定さに関して「実際上の均衡」という概念を提唱し、社会システムにおける均衡とは、けっして「すべての創造が究極的にそこへ動いていくような状態」のことではなく、「一時的かつ偶然的に、行動がたまたま成就する一つの状態」にすぎないと考えた。
[中野秀一郎]
同じく均衡概念を「秩序」の概念と結び合わせることによって社会システム論を発展させたアメリカの社会学者パーソンズは、ホマンズのような「力学的・機械的モデル」のかわりに「生命有機体的モデル」を置くことにより、社会システムの均衡理論に画期的な貢献を行った。パーソンズの社会システムは、基本的には複数の「役割」(それに配分される具体的な人員、便益、報酬を含む)の関係システムと概念化されるが、それは当該システム全体の存続に対する部分の貢献作用を問題にする「構造機能分析」の方法と深く結び付いている。ここでは、社会システムの既存の状態の維持は、力学における「慣性の法則」にも似た「社会過程の第一法則」とよばれ、具体的には、均衡を乱す「逸脱傾向」を「元に戻す力」が、「社会統制のメカニズム」として想定されている。パーソンズはまた、システムの均衡は、恒常的、調和的、相互的、共通的、双務的、補完的、安定的で、かつ統合された境界維持的なものであると考えており、そのため、こうしたモデルは「平和共存」だけを記述する保守的イデオロギーと結び付くという批判を受けることにもなった。
[中野秀一郎]
均衡理論に基づく社会システム論は、しかしながら、われわれが経験する具体的、歴史的な社会の変化や変動を記述できず、またシステムに必然的に内包されている緊張や葛藤(かっとう)を説明できないとする議論が高まり、より動態的なシステム・モデルの一特殊ケースとして均衡モデルをとらえる考え方が提唱された。同時に、均衡(状態)それ自身にも、当該システムのさまざまな条件に応じて、静態的で安定な均衡と動態的で不安定な均衡、機能要件の充足度レベルが高い場合の均衡とそれが低い場合の均衡などの概念が考案されるなど、新しい試みが数多くなされている。社会システムの均衡状態とは、たとえば生命有機体にみられるホメオスタシスとの類比で考えられるような、よりダイナミックで高度な「均衡」であるという考え方も、こうした試みの成果である。
[中野秀一郎]
『G・C・ホーマンズ著、馬場明男・早川浩一訳『ヒューマン・グループ』(1959・誠信書房)』▽『T・パーソンズ著、佐藤勉訳『社会体系論』(1974・青木書店)』▽『W・バックレイ著、新睦人・中野秀一郎訳『一般社会システム論』(1980・誠信書房)』▽『新睦人・中野秀一郎著『社会システムの考え方』(1981・有斐閣)』▽『V・パレート著、北川隆吉ほか訳『社会学大綱』(1987・青木書店)』▽『T・パーソンズ著、田野崎昭夫監訳『社会体系と行為理論の展開』(1992・誠信書房)』
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…たとえば,制限時間つきのタスクが数多く到着する状況で,組織が自律的に分裂と合併を繰り返すと,実時間性の維持と資源の効率的利用を行うことができる。一方,協調分散システムを市場と見なすと,経済学の均衡理論を応用することができる。たとえば,需要と供給が一致する均衡状態を求め,その需要供給量にしたがってネットワーク資源を割り当てると,分散ネットワーク管理が可能となる。…
…生産者が供給しようとする財(たとえば生産物)の総量が,消費者が需要しようとする総量に合致するように取引量が定まり,外的条件の変化がないかぎりその状態が持続されるというのが,市場均衡の基本となる思想である。その最も簡潔な場合を理論化した部分均衡理論は,一つの財だけをとり出し,その市場に直接関係ない諸条件を所与として,均衡を論ずるものである。これに対して一般均衡理論は,人々の嗜好,生産技術,資源の量,法・経済制度等を外的条件として一定とするが,さまざまな財の市場の相互依存関係を考慮して社会全体の経済量の均衡について説明するものである。…
※「均衡理論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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