現代外国人名録2016 の解説
グリゴリー ヤヴリンスキー
Grigorii Alekseevich Yavlinskii
- 職業・肩書
- 政治家,経済学者 元ヤブロコ代表,元ロシア下院議員,元ロシア共和国副首相
- 国籍
- ロシア
- 生年月日
- 1952年4月10日
- 出生地
- ソ連ウクライナ共和国リボフ(ウクライナ)
- 学歴
- モスクワ国民経済大学大学院〔1976年〕修了
- 学位
- Ph.D.
- 受賞
- 自由のための国際賞〔2004年〕
- 経歴
- 学生時代から優秀だったが、15歳の時思うところがあって学業中断を宣言、配管工の仕事に従事。1976年大学院修了後、穏健改革派の経済学者アバルキン博士の下、ソ連石炭産業省附属研究所主任研究員として働く。博士が経済担当連邦副首相に起用されたのを契機に政界に進出し、’89年ソ連閣僚会議国家経済改革委員会書記。’90年6月にはエリツィン政権のロシア共和国副首相兼経済改革国家委議長に就任。急進改革派の旗手として経済改革を担当、“シャターリン案”ともいわれる市場経済化・500日計画を手がけたが、ゴルバチョフ大統領(当時)に採用されず、失意のうちに’90年12月副首相を辞任。しかし、’91年米ソ両国の経済学者による共同提案“グランド・バーゲン(壮大な取引)”の作成の中核となり復帰。同年8月の政変後、国民経済対策委員会(事実上の連邦暫定内閣)の副議長に就任。10月ソ連大統領政治諮問評議会メンバー。ソ連崩壊後、’91年から民間のシンクタンク、EPI(経済政治研究)センター所長。’93年12月と’95年12月のロシア議会選挙に改革派政党“ヤブロコ”を率いて国家会議(下院)に当選。’95年1月ヤブロコ代表。’96年6月大統領選に出馬し、4位。’99年12月下院選に3選。2000年3月大統領選に出馬し、3位。2003年12月下院選で落選。2008年6月ヤブロコ代表を辞任。著書に「ロシアCIS経済の真実」。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報