日本大百科全書(ニッポニカ) 「グルカゴン製剤」の意味・わかりやすい解説
グルカゴン製剤
ぐるかごんせいざい
glucagon preparation
血糖値を上げる働きをもつホルモン(グルカゴン)を用いた薬剤。おもに低血糖の治療に用いられる。
生理的な血糖コントロールを維持する役割をもつホルモンとしては、おもに膵臓(すいぞう)のランゲルハンス島(膵島)にあるα(アルファ)細胞から分泌されるグルカゴンと、同じランゲルハンス島のβ(ベータ)細胞から分泌される、血糖値を下げる働きのあるインスリンが知られている。このうちグルカゴンは29個のアミノ酸からなるポリペプチドホルモンで、肝臓のグルカゴン受容体を活性化することで、グリコーゲンの分解および肝臓からのグルコース(ブドウ糖)の放出を促進し、血糖値を上昇させる作用をもつ膵臓ホルモンである。
現在、治療に使用されているグルカゴン製剤には、インスリン製剤と同様に遺伝子組換えなどの遺伝子工学技術(バイオテクノロジー)を用いたもの(単位はmg)のほかに、グルカゴン前駆体(プログルカゴン)から合成されたもの(単位はUSP〈アメリカ薬局方〉単位)があり、いずれも動物(ヒト)由来グルカゴンと同一の化学構造を有し、物理化学的性質も同一である。また、遺伝子組換え製剤と合成製剤との重量比は1mg=1USP単位となっている。
国内外では、糖尿病治療における副作用の一つである低血糖時の救急対応として、ブドウ糖を含む糖質の経口摂取が不可能な場合に介護者によるグルカゴン投与が推奨されている。現在日本では、事前の手技習得が必要な注射薬のグルカゴン製剤以外にも、操作が簡便で鼻腔(びくう)粘膜から吸収させることができる単回使用(1回使い切り)の点鼻製剤も2020年(令和2)から用いられている。
グルカゴンは、主作用(血糖上昇作用)のほかにも、成長ホルモン分泌を促進する作用、消化管運動を抑制する作用、心筋収縮作用など生体内のエネルギー産生時の代謝を円滑にする作用などがある重要なホルモンであり、グルカゴンの注射製剤は、低血糖時の緊急対応以外にも「成長ホルモン分泌機能検査」「インスリノーマの診断」「肝糖原検査」「消化管のX線・内視鏡検査の前処置」に適応があり、臨床現場で使用されている。
[北村正樹 2023年9月20日]