ゲルシェンゾーン(読み)げるしぇんぞーん(その他表記)Михаил Осипович Гершензон/Mihail Osipovich Gershenzon

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲルシェンゾーン」の意味・わかりやすい解説

ゲルシェンゾーン
げるしぇんぞーん
Михаил Осипович Гершензон/Mihail Osipovich Gershenzon
(1869―1925)

ロシアの文学史家、思想史家。1894年モスクワ大学歴史・言語学科を卒業後、『ロシア思想』誌、『ヨーロッパ通報』誌などの編集に従事。19世紀末から20世紀初頭にかけて、唯物論的な科学主義、実証主義に飽き足らず、キリスト教に回帰した知識人グループの一人として、ベルジャーエフらとともに論文集『道標(どうひょう)』(1909)を編集し、「創造的自己認識」という論文を書き革命派の知識人たちを批判したが、1914年には『道標』と決別、十月革命後は従来の宗教哲学的思想を保持しながらも、新しい文化を創造する意図から新政権に協力、全ロシア作家同盟の初代議長を務め、文芸高等学院で教鞭(きょうべん)もとった。おもな著作に『チャアダーエフ』(1908)、『若いロシアの歴史』(1908)、『過去の群像』(1910)。詩人V・イワーノフとの共著『二つの隅からの往復書簡』(1921)では旧文化の全否定を主張している。

[長縄光男]

『小西善次訳『創造的自己認識』(『道標』所収・1970・現代思潮社)』

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