コンスタンチヌス・アフリカヌス(その他表記)Constantinus Africanus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

コンスタンチヌス・アフリカヌス
Constantinus Africanus

[生]1015/1020頃.カルタゴ/シチリア
[没]1087. モンテカシノ
中世の医師で,アフリカヌスの名は出生地による。アラビア医学の重要文献を初めてラテン語に訳した業績で知られている。若くして医師となり,バビロニア,インド,エチオピア,エジプト各地を 30~40年間放浪,東洋語にもアラビアの文献にも詳しかったが,魔術師として追われてイタリアのサレルノに行き,やがてモンテカシノ修道院の修道士となった。院長の知遇を受け,1070年頃以降はギリシアとアラビアの医学書のラテン語訳に専念,アラビア語からの重訳であるが,ヒポクラテス文献やガレノスの医術論を中世ヨーロッパに紹介している。

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