古代ギリシアのヒッポクラテスにつぐ古代ローマ最大の医学者。小アジアの学芸文化の中心都市ペルガモンに生まれ,幼少にしてプラトンやアリストテレスの哲学を学び,20歳前後にはさらに医学を修め,のち諸国を旅し,アレクサンドリアでとくに当地のすぐれた医学の勉強をした。ほぼすべての学業を終えたのち,30歳を過ぎてから首都ローマに出,そこでとりわけ医学分野に大きな業績を残した。その著作はヨーロッパの中世を通じて権威とされただけでなく,影響はアラビア文化圏にまで及んでいる。
動物解剖の成果をふまえた彼の血液循環の理論は,大筋においては数百年も前にエラシストラトスによってかなり開発された動脈・静脈の循環説を受け継いだものであり,また生理・衛生においてはヒッポクラテス医学派の説を継承したものであったが,ガレノス自身は,主として動物の生体実験を通じ,とくに神経・腱・筋肉の働き,および生理について種々のすぐれた見解を出すことができた。彼は,ローマにおいて当時勢力をもっていた幾つかの医学派の理論を批判し,それを彼の解剖学・生理学の所見でもって取捨選択し,さらに展開させた。ただストア派的プネウマ(精気)説を,心臓の右室と左室の間隙をとおして血液の移動があるとする古来からの循環説に適用して,屋上屋を架す複雑な血液循環説をたてたことは,彼の時代の限界を感じさせるところである。ともあれ,ガレノスがだれよりも高く評価したのはヒッポクラテスだった。彼は,ヒッポクラテスを〈医学の父〉として尊敬し,いわゆる《ヒッポクラテス全集》中の幾つかの医学編に対して注釈を行った。四体液説を述べた〈人間の自然性〉編の前半部をヒッポクラテスの真作と考え,そこに書かれている血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の四体液論を基礎とした生理学を展開し,後世に大きな影響力をガレノスの名において及ぼすことになるが,実はこれは,ヒッポクラテスの真作ではなく,彼の婿のポリュボスのものであったと考えられる。いずれにしても,ガレノスの高潔な医学精神のアルファにしてオメガはヒッポクラテス的であり,いわば彼の主要な肉体部分が自身の行った動物解剖主体の実験生理学にあるものといえよう。
ガレノスの著作は,プラトンとアリストテレス的哲学の素養をしっかり身につけた明快なアッティカ流のギリシア語で書かれ,単に医学上のものばかりでなく多方面にわたっており,合計400編といわれてきたが,その3分の1は哲学,約2分の1が医学上のもので,後者がだいたい現存している。しかしこれもガレノスの真作は半数にすぎない。なお,1821年ラテン語対訳の22冊(20巻)がキューンC.G.Kühnによる校訂本として出版されたが,そこにあるラテン名クラウディウス・ガレヌスClaudius GalenusのClaudiusは後世の改ざんであろうと思われる。
執筆者:大槻 真一郎
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ギリシアの医学者。小アジアのペルガモンの生まれ。父ニコンAelius Niconは建築家で、数学、自然科学、哲学の素養があり、ガレノスの教育にあたった。17歳のころから医学の勉強を始め、スミルナ、コリント、アレクサンドリアなどの各地に遊学して医学に関する見聞を広めた。28歳で故郷に帰り、診療の実際に従った。6年後ローマに出て、短期間のうちに名医の評判をあげ、ローマの学者、高官たちと親交を結んだが、反面、反感を買ったこともあって、166年ローマを退去してペルガモンに帰った。のち、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(在位161~180)の遠征軍に参加、ローマに帰還してからは王子コンモドゥスの侍医となり、主として著述に努めた。その著作は医学に関するもののほかに、哲学、文法、数学にまでわたるが、なかでも解剖学、生理学に関しては卓見が多い。
生理学上の実験を数多く行い、動物解剖を頻繁に行って、人体の働きや構造について優れた考えを示した。それは医学に一定の科学的基礎を与え、以来、中世を経て近世初期に至るまでの約14世紀に及ぶ長期間、ヨーロッパの医学に覇を唱えた。しかしこれは時代的背景によることも大きく、ガレノスの所説がすべて正しかったからではない。たとえば、ガレノスは人体解剖を試みたことはなく、したがって、それに基づく生理学説、なかでも血液の生成・流れと精気pneumaの問題に関する誤った学説は一般に信じ込まれていたが、17世紀にハーベーの血液循環説によって打倒されたごときである。
[大鳥蘭三郎]
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…《博物誌》は昔の学者の動植物の記載を集めたものであるが,食用,薬用のほか道徳的教訓としての効用の面から集めている。このような集大成好きのローマの学者で最も傑出しているのは,ガレノスである。小アジアで生まれ,ローマで開業したり,皇帝の侍医となったりしながら,彼はあらゆる学問に関心をもって研究したが,とくに医学に関しては,神経切断実験によって,神経の支配領域を同定したり,摂取した水と排出される尿について量的関係を研究するなど多くの実証的な業績もあげている。…
…ローマのウィトルウィウスは《建築十書》(前25ころ)で消失点vanishing pointを明らかにし,プトレマイオスは視心visual centerと視光線visual rayを認識した(140ころ)。人間の視覚を一定点として,ここから見られる視覚を幾何学的に決定するという理念は,視覚の科学についての関心から出たと同時に,人間中心の,秩序ある世界観が根底にあったと考えられる(2世紀のガレノスは,人間の眼は球面であることから,曲面遠近法の理念を示した。レオナルド・ダ・ビンチもまた視錐は曲面で切るべきだという考えをもっていた。…
…アレクサンドリアの解剖学は1世代で衰え,ローマ人がイタリア半島に大帝国を築くと中心もローマに移る。 古代の解剖学,生理学を集大成したのはペルガモン生れのガレノスである。彼は人体解剖は行わなかったが,ヒッポクラテスが〈臨床医学の祖〉ならば,彼は〈基礎医学の祖〉ともよばれるべき人物で,膨大な著書を残している。…
…科学的観察とその表現への意識が展開されたのは西欧ルネサンス以後のことである。 人体解剖そのものは,前2000年ころからすでにエジプト,メソポタミアなどで行われ,ヘレニズム時代以後のアレクサンドリアでは解剖学が医学の基礎とされ,2世紀の同地の医学者ガレノスが動物解剖を援用しながら解剖学の集大成をはかった。その中の挿図がおおまかで,細部の図示のないままに,中世末までの西欧医学に踏襲されて五系統図の基礎をなした。…
…ローマ時代の医学者ガレノスの名にちなんでつけられた生薬製剤の名称。ガレノスは薬の作用を,(1)薬の中に含まれる原質から出るもの,(2)火,水,空気,土の4元素の混合によって出るもの,(3)個々の薬の特殊性によるもの,の3種に分類して薬の配合理論をうち立てた。…
…そこで科学は制度化,専門化され,アテナイ期の哲学的議論を超え出た高度に技術的かつ精密な科学が発達した。このヘレニズム科学を代表する学者としては,数学におけるユークリッド(エウクレイデス),ペルゲのアポロニオス,ディオファントス,物理学におけるアルキメデス,天文学におけるサモスのアリスタルコス,ニカエアのヒッパルコス,プトレマイオス,地理学のエラトステネス,解剖学・生理学におけるヘロフィロス,エラシストラトス,ガレノスらがいる。プトレマイオス1世の下で活躍したユークリッドはいわゆる〈ユークリッド幾何学〉の大成者で,パルメニデス,プラトンに発する厳密な論証の理念をうけつぎ,さらにエウドクソスやテアイテトスTheaitētosの先駆的業績を集大成しながら不朽の名著《ストイケイア》を完成した。…
…中世までの間ローマ医学は多くの優れた外科医を輩出した。〈赤く,はれて,熱くて,痛む〉という炎症の四徴候を提示したケルススは専門の医師ではなかったが,優れた外科医でもあったガレノスは,絹糸や腸線による結紮(けつさつ),肋骨切除による心臓露出,膿胸手術などを行い,一方,創傷治癒に関する見解などを明らかにしている。ガレノスはヒッポクラテス以後の医学をしめくくり,一つの新しい壮大な医学体系をうちたてた2世紀の大学者であるが,彼は,理論的整合性を追うあまり,観察や実験によって得られない空白の部分を種々の概念と堅固な理論で補い築き上げたために,彼の折衷的でもある医学体系の中にいくつもの誤りが入り込んでしまっている。…
… ミャンマーには伝統医の国家試験制度があり,養成機関ができた。ビルマ生薬は300品目以上あり,金や宝石を使った処方とか100種類も混合する処方(多味薬剤polypharmacy)があって,ローマ時代のガレノス製剤を連想させる。また,インド人あるいはインド系ビルマ人のためのインド生薬がみられる。…
…採集,狩猟,農耕,原始医術などにおける実地の知識は,原始時代から積み重ねられてきたはずだが,学問として体系化した最初の代表的人物はアリストテレス(前4世紀)であった。ガレノス(2世紀)はさらに医学の面から,解剖学およびこれと表裏一体のものとしての生理学の方向を確立した。これと,珍奇な生物や薬草の知識を主とする博物学とが,中世末までの生物学の内容であった。…
※「ガレノス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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