ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シミティス」の意味・わかりやすい解説
シミティス
Simitis, Costas (Kostas)
[没]2025.1.5. コリント
コスタス・シミティス。ギリシアの法学者,政治家。首相(在任 1996~2004)。フルネーム Konstantinos Georgiou Simitis。ギリシアの社会主義政権をヨーロッパの主流に導くべく,穏健な外交政策や公共部門の民営化,ヨーロッパ連合 EUの政策にそった経済安定化計画を提唱した。
弁護士で,著名な左翼政治家であるゲオルギオス・シミティスの息子としてアテネ近郊のピレウスに生まれる。両親は第2次世界大戦中,レジスタンスの活動に加わっていた。1959年ドイツ連邦共和国(西ドイツ)のフィリップ大学マールブルクで法律学の学士号と博士号を取得。1961~63年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンスでも学んだ。1967年にギリシアに軍事政権が樹立されると反政府の地下活動に参加したが,逮捕を逃れるため 1969年に西ドイツに亡命し,ギーセンのユストゥス・リービヒ大学で商法および民法の教授に就任した。亡命中も講演や論文の発表を通じて軍事政権に異を唱え続けた。
1974年に軍事政権が崩壊すると帰国し,全ギリシア社会主義運動 PASOKの創設者の一人となった。1977年アテネのパンテオン社会政治科学大学の商法教授に就任。1981年に PASOKが政権を握ると,1981~85年農業大臣,1985~87年国家経済大臣,1989~90年教育・宗教大臣,1993~95年エネルギー・産業・技術・商業大臣を歴任。またピレウス選挙区選出の国会議員も務めた。1996年1月18日,アンドレアス・パパンドレウ首相の病気辞任をうけて,後任に選出された。
首相就任後,議会の解散総選挙に打って出て 9月22日に再選され,4年の任期を確保し,2000年4月の議会選挙でも PASOKの圧勝により,首相を続投した。インフレーションの抑制や国家債務の削減に腐心し,2001年に経済通貨同盟 EMUに加盟,ユーロを導入した。2002年には大規模な抗議運動のなか社会保障と年金制度の立て直しをはかる法律を成立させた。またキプロスをめぐるトルコとの長期紛争(→キプロス紛争)の解決にも力を注いだ。2004年3月の議会選挙を前に PASOK党首と首相を辞任。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

