国家権力の究極的担保としての軍事的強制力を担う軍隊指導部が,政治過程において直接に政治的支配にたずさわる統治形態。後発資本主義国の近代化過程にしばしばあらわれ,今日の発展途上諸国にも数多くみられる。
近代国民国家は,絶対主義のもとでの官僚制と傭兵常備軍の集権的国家機構を受け継ぎながらも,国家権力の正統性の基礎をその領域内の全市民=国民に求め,官僚制,軍隊を国民主権と法の支配のもとに服属せしめることとなった。軍隊そのものについても,君主のための傭兵常備軍から,国民軍へと編成替えすることが要請された。これを制度的に保障するものが,議会や内閣による軍隊への統制であり,軍部の行動そのものを法により秩序立てることにより〈軍隊の政治的中立性〉を確保することであった。近代国家原理のもとでは,軍隊は国家体制の存立そのものを最終的に担保する強制装置でありながらも,政治過程における政党中心の議会政治の後景に退くことをたてまえとしている。
軍隊は国家とともに古く,古代から社会主義にいたるあらゆる国家において本質的要素として存続するものでありながら,その時代・その国の社会の発展段階を凝集的に反映するものである。マルクスは,〈戦争は平和よりも早くから発達している。賃労働や機械などのような一定の経済的関係が,戦争によって,また軍隊などのなかで,市民社会のなかでよりももっと早くから発展させられる仕方。生産力と交通関係との関係も軍隊のなかではとくに明瞭である〉(《経済学批判への序説》)と述べたが,軍隊においては,近代政治の一つの要件としての合理性・計画性・効率性原則が,その戦闘時における実践的必要という面から,早くから発達してくる。また近代の武器および戦闘技術の発展は,経済発展の不可欠の環として軍事技術と産業技術の相互依存関係をつくりだしており,いわゆる軍産複合体,すなわち高級官僚層・財界指導部・政治エリートと軍隊指導部(軍エリート)との結合も不可避的に進展している。したがって徴兵制軍隊であれ志願制国民軍であれ,軍部中枢については〈政治的中立〉はほとんどたてまえのみのものとなっており,多くの場合,軍エリートは軍部・軍閥として,全体的政治構造のなかで支配的経済エリート・政治エリートと結びつき,重要な政治的役割を果たしている。
政党政治・議会政治の長い伝統をもつ国々では,軍人が政治過程において直接的役割を果たすことは,前述の近代国家の議会制民主主義原理からして国民合意を獲得しにくく,国家活動の正統性を脅かす危険があるため,一般には政治的秩序・統合にとって望ましくないものとされ,軍エリートの政治活動はもっぱら国民の目にはみえない陰の部分でおこなわれる。発達した資本主義国でも時に露呈される,軍エリートの介在した密室政治,軍備更新・拡張をめぐる汚職や腐敗はその一端である。また政治危機が極限状態に達する場合には,発達した資本主義国や社会主義国においても,〈軍隊の中立性〉をイデオロギー的背景とした軍人が,政治過程において統合的役割を果たすこともありうる。第2次大戦後のフランスにおける〈国民的英雄〉としてのド・ゴール将軍の大統領就任,ソ連共産党指導部の交替における軍部の支持とりつけが果たす役割(たとえばフルシチョフのスターリン批判時におけるジューコフ元帥の役割)はよく知られた例である。また政治危機において軍人が統治にのりだしても政治的統合の困難は解決されず,むきだしの抑圧政治の継続とならざるをえないことも少なくない。軍事政権は一般的にいって,政党や議会による国民統合=秩序維持が困難となる政治的危機の局面において,〈軍隊の政治的中立〉のイデオロギーを背景に,軍事的強制力の国民に対する間接的行使ないしは直接的行使の心理的圧力をもって,政治的統合・秩序維持を企てるものであるが,それは近代国家においては例外的統治形態と考えられる。
西欧における近代国民国家形成期においては軍事政権が危機における例外的統治形態であったにしても,20世紀に入って国家形成=近代化をはかろうとしたいわゆる発展途上諸国においては,軍隊を政治過程の後景に退けてのスムーズな議会制民主主義の発達は当初から困難であった。伝統的社会の部族的宗教的対立・分裂や,旧宗主国など外国勢力との結びつきが政治勢力形成に大きな役割を果たす発展途上国では,政党・議会の政治腐敗と行政官僚の利権的堕落がおこりがちで,軍隊は相対的に最も近代的・集権的な機構となりやすい。軍備や戦闘技術面での立遅れは国家の存立基盤そのものを脅かすため,軍エリートは対外関係にも敏感であり,先進大国への留学や同盟・援助関係のネットワークのもとで国際感覚も相対的に進んでいる場合が多い。こうした国家機構全体のなかでの軍隊の占める位置の相対的近代性と,軍エリートの知識人的機能,上からの急速な近代化のための政治的秩序の強権的統合・動員の必要性が,後進諸国において軍事政権を日常化する傾向を生ぜしめる。東南アジア,中南米,アフリカ新興諸国,中近東などに数多くの軍事政権と軍エリート内部での政権交替を見いだすのはこうした事情による。また軍事政権の成立・交替が,議会制的手続や平和裡の形態をとらず,クーデタという暴力的形態をとる場合が多いのも,民主政治が未成熟なため,むきだしの暴力によって政治的統合をはかろうとするからである。韓国の戦後政治史も,こうした軍事政権の交替の歴史とみることができよう。もっとも軍事政権の具体的あり方には,全権を軍が掌握する軍事独裁のかたちばかりではなく,執行部に行政官僚(文官)や政党人・民間人を配した挙国一致混合政権のかたちもありうる。軍エリートのイデオロギーや国際的・国内的政治状況の組合せによっては,軍事政権が革命的役割を果たすことさえありえないわけではない。
→軍事化
執筆者:加藤 哲郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
武装集団としての軍隊が政治権力を奪取して直接支配を行う政府形態。多くの場合、軍隊の上層部による独裁体制という形態をとり、クーデターの結果樹立される場合が多い。一般的には、民衆運動の高揚によって支配が脅かされた場合に、支配階級の利益と意思に従って樹立され、民衆運動を暴力的に抑圧するという役割を果たすのが通例である。
第二次世界大戦後、第三世界諸国では、議会制民主主義をとるところは少なく、多くの国で軍事政権が樹立されている。独立後も、植民地時代の従属的な経済構造を変革することができず、貧困と飢餓の構造を脱却できないため、政治的にも不安定であり、民衆の不満を軍事力で押さえることができる軍事政権を樹立することになるのである。また、多国籍企業を積極的に導入して開発を進める場合、社会的矛盾の激化を乗り切り、多国籍企業の要求する政治的安定を確立するために、軍事政権を樹立し、民衆運動を抑圧するという事例も多い。しかし、第三世界諸国の軍事政権のなかには、急進的将校団を中心にした軍部が政権を握り、進歩的政策を実行するという事例も少なくなかった。また、1974年のポルトガルのように、ファシスト政府打倒のクーデターで樹立された軍事政権が民主化のために一定の役割を果たすなどの例もある。
[土生長穂]
2008年現在、軍事政権下にある国として、ミャンマー、フィジー、リビアなどがあげられる。
[編集部]
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