マールブルク大学(読み)マールブルクだいがく(その他表記)Philipps Universität Marburg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マールブルク大学」の意味・わかりやすい解説

マールブルク大学
マールブルクだいがく
Philipps Universität Marburg

ドイツのマールブルクにある大学。 1527年にフィリップ・フォン・ヘッセンによって設立されたドイツ最古のプロテスタント系大学。設立当初はルター派の普及を目的としており,国外からも学生を集めるなど急速に発展したが,1605年に教育理念がカルバン主義に代ってからは規模が縮小された。法学,経済,社会科,心理,神学,歴史,数学,物理,化学,薬学・栄養,生物,地理,医学,教育などの学部がある。教員数約 700名,学生数約1万 9100名 (1997) 。

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世界大百科事典(旧版)内のマールブルク大学の言及

【ヘッセン】より

…方伯は1277年以降カッセルに居城を構え,ヘッセンに勢力を伸ばそうとするマインツ大司教と争いつつ支配圏を広げ,フィリップ寛仁伯Philipp der Grossmütige(1504‐67)の時代にその勢力は絶頂に達した。時あたかも宗教改革の時代,彼は1526年自国にプロテスタンティズムを導入するとともに,27年ドイツ最初のプロテスタントの大学としてマールブルク大学を創立,またルター派とカルバン派の仲介を試みるなどプロテスタント諸侯の中心として活躍した。その死後,領土は4子に分割相続され,のちヘッセン・カッセルとヘッセン・ダルムシュタットの2邦に整理されたが,両ヘッセンは以後互いにはげしく対立し合うのみで,もはやドイツの指導的領邦とはならなかった。…

【マールブルク】より

…人口7万6419(1980)。マールブルク大学はヘッセン方伯フィリップが,1527年ドイツ初のプロテスタント大学として創設。新カント学派のマールブルク学派(コーエン,ナトルプ,カッシーラーら)によっても名高い。…

※「マールブルク大学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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