ジュリアス・カールスクリバ(その他表記)Julius Carl Scriba

20世紀西洋人名事典 の解説

ジュリアス・カール スクリバ
Julius Carl Scriba


1848 - 1905
ドイツの外科医
元・大学教授。
ワインハイム生まれ。
陸軍軍医、フライブルク大学講師を経て、1881年東京大学医学部に招かれ,E.ベルツとともに同大学医学部における最後の外人教師として、外科学の講義診療に従事したほか、皮膚科学、眼科学、裁判医学なども担当。日本薬局方の制定に携わったほか、大津事件、濃尾大地震などでは現地に赴いた。1901年名誉教師の称号を贈られ、東大医学部を退職した後は、聖路加病院外科主任となったが、鎌倉にて病没。日本人の妻神谷ヤスとの間に三男があり、青山墓地に眠る。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む