スチェパン・トブルトコ1世(読み)スチェパン・トブルトコいっせい(その他表記)Stjepan Tvrtko I

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

スチェパン・トブルトコ1世
スチェパン・トブルトコいっせい
Stjepan Tvrtko I

[生]1338頃
[没]1391.3.14.
ハンガリー支配下のボスニア首長 (バン在位 1353~77) ,のち王 (在位 1377~91) 。トブルトコ1世とも呼ばれ,ステファン・トブルトコ1世とも表記される。コトロマニア朝最大の支配者。 1366~67年ハンガリーの援助を得て大領主の勢力打破。国内の権力基盤を固めたのち,アドリア海岸,セルビアに兵を進め,1377年「セルビア,ボスニアおよび沿海域の王」と号した。 1388年ビレチャの戦いでオスマン帝国軍を破り,翌 1389年コソボの戦いに参加。 1390年ドブロブニーク (ラグーザ) を除くダルマチアクロアチアの一部を合わせ,最大版図を実現した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む