タウヒーディー(その他表記)al-Tawḥīdī

改訂新版 世界大百科事典 「タウヒーディー」の意味・わかりやすい解説

タウヒーディー
al-Tawḥīdī
生没年:922-1023

シーラーズ生れのムスリム文人バグダード文法学,言語学,詩学,法学神学哲学などを修得し,神秘主義思想にも深く傾倒した。博識と優れた文才のゆえに各地で併立していたブワイフ朝君主たちの庇護を受けたが,いずれも長続きせず,イラクイランの諸都市を放浪する生涯を送った。レイで仕えた政治家を批判する《二人の宰相悪徳》や宮廷サロンのようすを生き生きと伝える《楽しみと社交》などの著作がある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タウヒーディー」の意味・わかりやすい解説

タウヒーディー
al-Tawhīdī, Abū Hayyān

[生]?
[没]1023
アル・ファーラービー弟子といわれている著述家で,当時の哲学者たちについての興味深い逸話集『対話の書』 Kitāb al-muqābasātを書き残した。

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