ドイツ・冬物語(読み)ドイツ・ふゆものがたり(英語表記)Deutschland, ein Wintermärchen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドイツ・冬物語」の意味・わかりやすい解説

ドイツ・冬物語
ドイツ・ふゆものがたり
Deutschland, ein Wintermärchen

ドイツ詩人 H.ハイネ叙事詩。 1844年刊。 43年に 12年ぶりにドイツに帰ったハイネがその旅の途上に想を得,パリからハンブルクまでの紀行詩に仕立てた作品。反動的なドイツの状況を痛烈に批判し,社会主義的な理想を打出したもので,ロマンチックな気分と鋭い風刺が混然ととけあったハイネの代表作

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のドイツ・冬物語の言及

【ドイツ文学】より

…調和のとれた人間的な成熟よりも,遅れたドイツの政治状況を反映して直接に社会的な変革が求められ,今日的な意味での政治文学が生じてくる。ハイネが,政治詩はある党派のテーゼをうたうのではなく,現実社会の状況を忠実に伝達するべきだと主張して,これを《ドイツ,冬物語》によって実証したのは,すでに路線論争をはらむものであった。その一方ではまた政治にことさら背を向けるメーリケドロステ・ヒュルスホフのような詩人もこの時代の一面を代表している。…

【ハイネ】より

… ハイネの名声を国外に高めた《歌の本》(1827)から,ドイツ・ロマン派には異質の〈市民性〉を鋭く嗅ぎとったシュライエルマハーのような同時代人はいたが,そこから40年代の政治詩にいたる長い道のりは,いわば試行錯誤の連続であった。繰り返しうたい続けた愛の〈小さな世界〉から,しだいに人類の解放へと自己の愛のパースペクティブを広げえたときに,ハイネはドイツ・ロマン派の伝統を根底から革新する《アッタ・トロル》(1841発表,1847刊)や《ドイツ,冬物語Deutschland.Ein Wintermärchen》(1844)を,さらにはマルクスとの友情の中で生まれた《教義Doktorin》(1844)や《シュレジエンの織工》(1844)などの,不朽の名作を世に送ることができたのである。亡命地パリからの〈ルテーツィア通信〉で追い続けた二月革命(1848)がドイツでも起きたとき,ハイネの肉体はすでに〈しとねの墓穴〉から一歩も出られぬ状態にあった。…

※「ドイツ・冬物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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