ドゥアラ洞窟遺跡(読み)ドゥアラどうくついせき(その他表記)Douara

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドゥアラ洞窟遺跡」の意味・わかりやすい解説

ドゥアラ洞窟遺跡
ドゥアラどうくついせき
Douara

シリアパルミラの東約 20km,シリア砂漠にある中期旧石器時代から中石器時代洞窟遺跡。東京大学西アジア調査団が 1970~80年代にかけて調査している。上層にはケバラ文化後半時期のジオメトリック・ケバラ文化の層があるが,その下はレバンタイン・ムスティエ文化の層が続く。レバンタイン・ムスティエ文化の層は複数あり,細長い剥片から幅広の剥片へと層位的な変化をみせている。こうした変化はレバント地方北部のかなりの遺跡で確認されている。

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