ハサナルボルキア(その他表記)Hassanal Bolkiah

現代外国人名録2016 「ハサナルボルキア」の解説

ハサナル ボルキア
Hassanal Bolkiah

職業・肩書
政治家 ブルネイ国王(第29代スルタン),ブルネイ首相・国防相・財務相

国籍
ブルネイ

生年月日
1946年7月15日

出生地
英領ボルネオ・バンダルスリブガワン(ブルネイ)

本名
Bolkiah Mu’izuddin Waddaulah,Haji Hassanal

学歴
オマル・アリ・サイフディン・カレッジ〔1965年〕卒,英国陸軍士官学校

経歴
1961年ブルネイ皇太子。’66年英陸軍士官学校に留学。’67年10月5日にスルタン(首長)即位。’68年8月即位式。’84年1月1日独立で国王。同日首相兼務。’84〜86年財務相・内相、’86年10月より国防相、’97年2月より財務相も兼務。’91年王権をイスラムの守護者とするマレー・イスラム王制(MIB)の概念を導入。2004年国会を再開した。1987年から米経済誌「フォーチュン」の発表で世界金持ち番付6年連続第1位となる(370億ドル)。宗教心が厚く、善政や気前よい援助で国内外で評判が良いといわれる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハサナルボルキア」の意味・わかりやすい解説

ハサナル・ボルキア
Bolkiah Mu'izzaddin Waddaulah, Haji Hassanal

[生]1946.7.15. ブルネイタウン
ブルネイ国王(在位 1967~ )。第29代スルタン。サー・ハジ・オマール・アリ・サイフディン国王の長男。家庭教師による教育を受けたあと,マレーシアの名門ビクトリア・インスティテューション中等教育を受け,イギリスの王立サンドハースト陸軍士官学校で学んだ。1961年皇太子となり,1967年父王の退位をうけてスルタンに即位し,1968年戴冠式が挙行された。その後 10年間は父が院政を敷いていたが,1979年に公務から完全に身を引いた。代わってブルネイ統治の実権を握り,首相,国防大臣,財務大臣を兼任する。イギリスからの独立を視野に入れ,独自の行政機関構築に着手し,イギリス人の公務員に代えてブルネイ人を登用,厳しく汚職を取り締まった。1984年,95年間にわたるイギリスの保護領から完全独立を果たした。独立後もイギリスと友好的な関係を結んだ。1980年代から 1990年代にかけて,ブルネイの豊富な石油・天然ガス資源を背景に,常に世界の富豪番付の上位に顔を出した。

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367日誕生日大事典 「ハサナルボルキア」の解説

ハサナル ボルキア

生年月日:1946年7月15日
ブルネイの政治家

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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