汚職(読み)オショク(英語表記)corruption

翻訳|corruption

デジタル大辞泉 「汚職」の意味・読み・例文・類語

お‐しょく〔ヲ‐〕【汚職】

公職にある人が、地位や職権を利用して収賄などの不正な行為をすること。「涜職とくしょく」の言い換え語。
[類語]背任裏切り内応内通気脈を通じる背信背徳変心寝返り密告おためごかし

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精選版 日本国語大辞典 「汚職」の意味・読み・例文・類語

お‐しょくヲ‥【汚職】

  1. 〘 名詞 〙 官吏などが、職権や地位を利用して、わいろをとり、ある者の利益をはかるなど、不正な行ないをすること。涜職(とくしょく)
    1. [初出の実例]「政党人の汚職問題にあきれさせられたふつうの人間によって」(出典:一人の平和主義者から福田恒存へ(1955)〈中島健蔵〉二)

汚職の語誌

昭和二一年(一九四六)一一月一六日に公布された当用漢字の実施により、従来の「涜職(とくしょく)」の「涜」が当用漢字表に入らなかったところから、朝日新聞社が「涜」と同じ語義をもつ「汚」を代用して「汚職」という語を造ったのに始まる。法律用語として残っていた「涜職」も、平成七年(一九九五)の刑法改正により「汚職」に変わった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「汚職」の意味・わかりやすい解説

汚職
おしょく
corruption

公務員が地位や職務上の権限を濫用して私的利益を図る行為。もともとこのことばは、かつての刑法でいう涜職(とくしょく)にあたるが、第二次世界大戦後、漢字制限のため汚職と書くのが一般的になり、1995年(平成7)の刑法改正で涜職から汚職に改められた。戦前は、警察官の隠語でサンズイといえば普通、涜職つまり横領、恐喝、職権濫用贈収賄など官職を涜(けが)す行為をさしたが、戦後は、汚職(昭和30年代ごろまではサンズイということばも使われた)即贈収賄をさすようになった。

[室伏哲郎・五十嵐仁]

法律上の定義

刑法の汚職の罪は、職権濫用罪と賄賂(わいろ)罪をあわせているが、普通、汚職は賄賂罪だけをさしていうことが多い。日本の刑法の賄賂罪の中心的な基本条文、第197条1項前段は「公務員又は仲裁人が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若(も)しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する」と規定している。この条文のうち汚職、すなわち収賄罪を構成する必要条件は、(1)公務員(または仲裁人)、(2)その職務に関し(職務権限、職務行為)、(3)賄賂(この認識が必要)、(4)収受(または要求、もしくは約束)の四つである。また、受託収賄罪の場合は、これにもう一つ(5)請託(依頼。頼みごと)が加わり、「七年以下の懲役」と刑が重くなっている。

[室伏哲郎・五十嵐仁]

十七条憲法と汚職

日本でも汚職の歴史は古い。聖徳太子の十七条憲法第5条には「頃(このごろ)訟(うたへ)を治(をさ)むる者(ひとども)、利(くほさ)を得て常とし、賂(まひなひ)を見ては讞(ことわりまう)すを聴く」とある。訴訟を扱う当時の役人が賄賂をとっていたことがわかる。さらに、大宝律令(たいほうりつりょう)(701)の職制律では、賄賂罪については、枉法臓(おうほうぞう)、つまり職務権限のある役人が財を受けて法を枉(ま)げる罪を規定し、収賄物品布1尺で杖(じょう)八十(杖で80回打つ)から布30端(反)で絞(こう)(死刑)の極刑までが定められていた。また、財を受けて法を枉げない不枉法臓についても、最高刑は流(る)(流罪)までの規定があった。1881年(明治14)まで有効であった明治の新律綱領や改定律例には、この千数百年前の枉法臓や不枉法臓の罪名がそのまま残っていた。涜職という用語は、1901年の(法令ニ依リ選挙又ハ任用シタル議員・会員・委員又ハ総代等ノ)涜職法公布、および1908年の涜職罪を規定した刑法施行以降、広く用いられるようになったのである。

[室伏哲郎・五十嵐仁]

近代から現代へ――疑獄の発生

明治以後、大正、昭和前期の太平洋戦争敗戦までの期間も、公務員の公職私有観や俸給の低さなどを背景とする汚職は後を絶たず、大小の汚職、疑獄事件が起こっている。一般に、政治問題化した大規模な汚職事件を疑獄というが、第二次世界大戦前は比較的疑獄(用語の使い方にもよるが)と称される場合が多く、末端行政で取引される小規模のいわゆる窓口汚職は目だたなかった。また、当時の官公吏(公務員)は天皇制下の特権意識もあって、それが結果としてモラルを拘束しているともいわれた。

 第二次世界大戦後は、汚職の数が戦前に比べてはるかに多くなり、汚職の「民主化」拡散が行われ、社用族(業者、企業側)と公用族(役人側)の癒着による贈収賄行為「飲まセル、食わセル、握らセル、威張らセル、抱かセル」の「五セル」などの流行語も生み出した。第二次世界大戦後、汚職が激増した理由としては、敗戦直後の混乱期には、以下のものがあげられる。

(1)戦前の家産制官僚制の残滓(ざんし)である公職私有観がまだ尾を引いていた。

(2)官僚が天皇制下の特権意識から解放され、たてまえの道徳意識を捨てた。

(3)激しいインフレに追いつかない薄給公務員の生活上の困窮。

(4)占領軍の政策が日本政府を通じる間接統治方式で、官僚に強大な権限が委任された。

(5)戦時中、統制経済の間に醸成された軍部・官僚と軍需会社間の利権取引の惰性が、戦後の統制経済期間中も続いた。

(6)戦争中の統制会社が公団などになり、官僚の天下りによる利益誘導が行われやすい特殊法人の乱立が、汚職の温床となった。

(7)占領軍の財閥解体、独占禁止などにより、弱小資本乱立の形となった多くの企業が、政府資金に頼る比重が多くなり、政府融資、補助金などを通じて、企業への公権力の介入が増大した。

(8)戦前は秘匿されがちだった公務員の汚職(戦時中、軍部の汚職は公表されなかった)に関する情報がオープンになった。

[室伏哲郎・五十嵐仁]

構造汚職

第二次世界大戦後半世紀以上たった今日も、相変わらず公務員の汚職は跡を絶たないが、それは前記の諸原因が、様相を変えているものの大なり小なり尾を引いていることのほかに、もう一つ大きな特徴を付け加えている。それは、財界の要請による1955年(昭和30)の保守合同以来、長く与野党が政権交替をするという健全な議会制民主主義の運営が行われてこなかった点である。事実上の保守一党長期独裁(あるいは連立による)政権が続いたため、中央、地方行政府の高級官僚以下、行政の末端に至るまで、公務員が中立を保つことが困難になっている。その結果、官僚は、戦後その勢力を拡大した政党、とくに政治資金を提供する財界の政治的代弁人とみられる政府与党(政界)と、政府の財政資金の散布あるいは国家の政策・施策に寄生依存する独占企業を中心とする企業(財界)との媒介者としての役割を演じてきた。いわゆる政・官・財の癒着構造がこれで、このなかで、贈収賄事件の構成要件を巧みに法の網の目から逃し、汚職的状況が存在するにもかかわらず、立法府の多数を占める政権与党が厳正な汚職もしくは利権禁止法案の立法を回避、先送りするために刑法上の汚職事件にはならないとしてきた。このように権力構造の聖域化、特権化、金の流れの合法化、体系化が定着するに至った。評論家の室伏哲郎はこれを構造汚職と命名したが、構造汚職の典型的な事例は、財政投融資を含めれば、治山治水対策、環境・住宅対策などの社会資本整備や地方開発などの名目で支出される公共事業関係費(2009年度は、国家予算の9.2%)にかかわるものである。

 土建国家といわれる日本では、政治家、官僚、建設業者が三位(さんみ)一体となり、さらに、金融機関が加わった軍産複合体ならぬ「建政複合体」という仕組みが存在する。そこでは、公の工事請負で請負人たちがあらかじめ談合のうえ、入札価格や利益配分を定めて形式的な入札で工事を不正落札する談合入札(刑法96条違反の罪。談合で入札を降りた業者には落札後予約した利益分配分をわけるなど、日本的「和」の慣習で近代契約社会の成立を遅らせている悪弊)が、政治家や行政首長などのいわゆる「天の声」の下で日常茶飯事となり、ゆがんだ形での公共事業費の散布・費消が行われる。その過程で、保守党政権を維持するための集票費用の捻出(ねんしゅつ)とともに、牢乎(ろうこ)とした構造汚職体系が形成され、日本の支配機構のなかに組み込まれてきたとみられる。国家・公共予算の分野では、いわゆる族議員、高級官僚、業界、学会などによる官公庁の各種許認可権の利用もみられる。また、その指導・監督の下にある各種外郭団体や関連企業などとの癒着がみられ、公的資金の予算分配を通して、同様の構造的な利権の発生を恒常的にしている。

 しかし、積年の弊は1980年代末から1990年代に顕著な綻(ほころ)びをみせ、リクルート事件(1988~1989)、共和事件(1991)、東京佐川急便事件(1992)、閣僚級の政治家や地方自治体の首長が相次いで検挙されたゼネコン汚職の摘発(1993~1994)、中央官庁と学会を結ぶ当時の厚生省の汚職(1996)などが発生した。さらには1997年から1999年にかけて、日銀、政府系金融機関を含む旧大蔵省のいわゆる護送船団方式という過保護行政下での金融機関と関連官僚の政治的腐敗や汚職が続々と摘発されるに至り、1998年の第142回国会には国家公務員倫理法案が与野党より提出された。2009年8月に与野党の政権交代が実現し、民主党主導による連立政権が誕生した。しかし新政権の2トップである鳩山由起夫首相と小沢一郎幹事長に関連する金銭スキャンダルが大きな問題となり、政権交代だけでは汚職の根本的な抑止力とはならないことが示された。その結果、政治の主導性を確立することによって、利権を生み出す政治家と官僚の関係を変え、構造汚職の根を絶つことができるかどうかが問われることとなった。

[室伏哲郎・五十嵐仁]

『室伏哲郎著『汚職の構造』(岩波新書)』『室伏哲郎著『汚職学入門』(1976・ペップ出版)』『関口孝夫著『汚職の構造学』(1980・汐文社)』『松本清張編『疑獄100年史』(1977・読売新聞社)』『室伏哲郎著『実録 日本汚職史』(ちくま文庫)』『室伏哲郎著『室伏哲郎の世界汚職探検』(1996・三修社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「汚職」の意味・わかりやすい解説

汚職 (おしょく)

公的役職者が職権や地位を濫用して,賄賂を受け取るなどの不正な行為をすること。戦前は〈瀆職(とくしよく)〉といったが,戦後の漢字制限で汚職といい改められた。瀆職とは1901年の瀆職法以降,官公吏(公務員)が公務に関し私益のためにその職務,地位を濫用することにより,公務の神聖,尊厳を瀆(けが)し,ひいては国家の品位を害することを意味した。逆にいうと政治制度自体に〈公正無私〉という公人のイメージと腐敗否認,廉潔称揚という政治倫理が期待されている。これに対して,汚職と同義語とされる外国語corruption(イギリス,フランス),Korruption(ドイツ)は腐敗,贈収賄という意味に限定され,いずれにも職を汚(瀆)すというニュアンスはない。一般に官僚制の成員は,自己の職務上の行動・動作を職務権限に明示的ないし黙示的に適合する行動・動作だけに自己限定し,それ以外の行動・動作を厳格に自己抑制する心理機制を必要とする。この心理機制が欠如すると,汚職と腐敗が官僚制の常態となりその効率が低下する。

 近代日本においては,官人倫理を説く儒教の普及と名誉と恥の世間常識による社会的規制とによって,官僚制に廉恥と廉潔の基本特性が成立し,その効率を相当程度保証していた。しかし,高度工業化社会と大衆消費社会の出現が抑制と禁欲より悦楽と奢侈(しやし)を日常化した結果,自己抑制が全体的に弛緩し,それに金権政治の条件が加わり,近年政界に〈公私混同〉〈退廃と腐敗〉の傾向が目だつことになった。現在,行政監察には行政管理庁のような行政内部の自己監察制度しか存在しない(行政監査)。したがって政府の内部的検査や監察には限界があるため,汚職防止には外部からの行政監察が必要とされ,政治的に独立の地位をもち司法権の一部も行使できるような行政監察専門員制度(オンブズマン制度)の導入が国や地方自治体で検討されている。
疑獄 →政治的腐敗 →賄賂罪
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百科事典マイペディア 「汚職」の意味・わかりやすい解説

汚職【おしょく】

公務員や国会議員など公職にある者が,その職務上の権限を私的利益の達成のために乱用すること。通常は収賄罪(しゅうわいざい)を構成する。一般に,社会の近代化の程度が低く,公務員の規律が乱れている社会に多いが,さらに封建遺制の強い官僚制や多額の政治資金の動く政党政治の下でも多発しやすい。日本ではシーメンス事件帝人事件造船疑獄昭電疑獄ロッキード事件リクルート事件,1990年代の佐川急便事件,ゼネコン汚職事件,厚生省汚職,防衛庁事件などがその典型。
→関連項目金権政治政治献金談合

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「汚職」の意味・わかりやすい解説

汚職
おしょく
corruption

私的な利益を得るために公務員がその権限を不当に行使する行為 (→涜職罪 ) 。多くの場合民間人の要望にこたえて行い,その代償としてサービス,金銭,地位などの価値を受取る。ときには上位の公務員が下位者に対して不当な権限の行使を命令し,その代償を上位者が取上げることや,上位の公務員の間で監督の緩和とその代償が交換されることがある。汚職は政府機能が広範であって,公務員の採用が情実に左右される場合,また公務員の裁量の幅が大きく,国民の監視が弱いといった場合に多く起きる。

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