バル・コフバ(その他表記)Bar Cochba; Bar Kokhba

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バル・コフバ」の意味・わかりやすい解説

バル・コフバ
Bar Cochba; Bar Kokhba

[生]?
[没]135
ローマ皇帝ハドリアヌス (在位 117~138) の時代,パレスチナにおけるユダヤの第2次対ローマ反乱の指導者。本名シメオン・バル・コジバ。 132年にエルサレム占領,ローマからの聖徒解放を記念する貨幣を鋳造した。またユダヤ教の指導者ラビ・アキバよりメシア称号を,またバル・コフバ (「星の息子」の意) の名を贈られたが,ローマの物量作戦の前に敗退,ベテル (エルサレム近郊) を拠点とする2年にわたる抗戦ののち戦死。このとき,エルサレムはローマによって徹底的に破壊され,エルサレムはローマ名アエリア・カピトリナに変えられた。 1960年死海付近の洞穴で,彼の部下たちの手になるパピルス書簡が発見され,その勇猛果敢な指揮ぶりが判明した。

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