内科学 第10版 「髄膜炎菌感染症」の解説
髄膜炎菌感染症(Gram 陰性球菌感染症)
疾患概念・疫学
髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)は0.6×0.8 μmのGram陰性双球菌であり,ヒトに髄膜炎,敗血症などの侵襲性髄膜炎菌感染症を起こす.本菌は少なくとも13のserogroup(A,B,C,D,X,Y,Z,E,W-135,H,I,K,L)が存在する.今日においても流行性髄膜炎は世界における公衆衛生上の重要な問題であり,年間50万人の症例が発生している.とりわけサハラ以南のアフリカ(特に髄膜炎ベルトとよばれるアフリカ中央部)の乾季に多く発生する.先進国においても局地的な小流行がみられている.大規模な流行ではserogroup A,B,Cが原因である場合が多い.serogroup Aの流行はアフリカ,アジアをはじめとする途上国においてみられ,その罹患率は通常10万人あたり500人にも及ぶ.一方,serogroup Bの流行は通常先進国においてみられ,罹患率は10万人あたり50~100人とされている.serogroup Cの流行は先進国,途上国のいずれにおいてもみられ,罹患率は10万人あたり500人に及ぶ.最近では1987年のメッカへの巡礼者を介したserogroup W-135による流行例が知られている.日本においては第2次世界大戦前後が本症患者数のピークで,1960年以降は激減しているが,2011年には宮崎県においてserogroup Bによる集団感染事例が発生した. 髄膜炎菌はヒトのみを宿主とし,健常者であっても鼻腔に髄膜炎菌を保菌することが知られている.髄膜炎菌は飛沫によりヒト-ヒトへ伝播し,ときに集団感染を起こす.わが国では健常者の保菌率は1%未満と低いが,この保菌率が住民の20%をこえると,市中への流行リスクが高くなるとされている.わが国では髄膜炎菌性髄膜炎が感染症法上五類(全数把握)感染症となっており,診断後7日以内に届け出が必要である.しかしながら,髄膜炎菌は髄膜炎のみならず敗血症を含む侵襲性感染症を起こすため,平成25年度からは侵襲性髄膜炎菌感染症が届け出対象となる.また,本菌が集団感染を起こすことから,診断後は速やかな届け出が望ましい.
病態生理
髄膜炎菌は飛沫により経気道的に感染し,本菌の鼻咽腔への接着が発症の第1ステップである.また,その接着には菌の線毛が関与し,精製した線毛は宿主側の細胞表面に発現し,補体活性化に関与する補体調節蛋白(membrane cofactor protein)に結合する.鼻咽腔に定着した菌は髄膜腔あるいは循環血中に侵入し,髄膜炎や敗血症などの侵襲性感染症を起こすと考えられるが,その詳細はいまだ明らかでない.髄膜炎菌に対する宿主応答としての髄膜炎菌に対する血清中殺菌抗体の検出頻度と患者の発生頻度とは逆相関するとされる.
鑑別診断
小児の髄膜炎は,その初期にはメニンギスム(髄膜刺激症候はありながら,発熱などの症状や髄液中細胞増加などの異常を認めない状態)のみしか認められないこともあり,しばしば見逃されやすい.熱性痙攣や急激な意識障害のみられる小児では常に本症を疑う必要がある.本症の鑑別疾患としては,ほかの細菌性髄膜炎,結核性,ウイルス性,真菌性髄膜炎,脳マラリア,腸チフスなどがあげられる.
臨床症状・経過・予後
生後6カ月から2歳の乳幼児および高校や大学の寄宿舎,軍施設で集団生活の場における流行が多い.潜伏期は3~4日とされている.臨床病像として,一過性の菌血症,髄膜炎を伴わないショックを伴う髄膜炎菌性菌血症,菌血症を伴わない髄膜炎菌性髄膜炎,髄膜炎菌性肺炎などが知られている.小児における髄膜炎菌感染症では髄膜炎が約7割,髄膜炎を伴わない菌血症が約3割とされている.髄膜炎では発熱,項部硬直,意識状態の変化が認められる.また,本症の特徴的所見として,点状出血が眼球・眼球結膜や口腔粘膜,皮膚に認められ,また出血斑が体幹や下肢に認められる(図4-5-7).これらの皮疹は血小板減少と相関し,播種性血管内凝固症候群(DIC)の指標としても重要である.
集団発生時の髄膜炎例では致命率は10%程度であるのに対し,敗血症,肺炎例では致命率が30%程度と予後が悪い.敗血症を伴う例では血中エンドトキシン濃度は高値を示し,髄液中濃度は低い.一方,髄膜炎例では髄液中エンドトキシン濃度は高く,血中は低値となる.また,急性劇症型としてWaterhouse-Friderichsen症候群が知られている.本症候群では副腎出血による急性副腎不全,循環ショックを伴う.宿主側の補体終末因子(C6-9)やプロパージン(properdin)の欠損が本症の劇症化に関与している.このため,本症患者では常にショックに陥る可能性を考えておく必要がある.
検査成績
髄液,血液から本菌を分離培養することが診断の基本である.また,髄膜炎の場合は,髄液検査で多数の好中球,蛋白質濃度の増加,グルコース濃度の低下,髄液沈渣にGram陰性双球菌が確認できる.髄液中の本菌抗原をラテックス凝集試験(serogroup A,B,Cのみ)で検出することもできる.
治療・予防
ペニシリン系注射薬(ペニシリンGを5万単位/kgを4時間ごと)や第3世代セファロスポリン系注射薬(セフトリアキソンを小児で25 mg/kg,成人で1 gを12時間ごと)が用いられる.これらのβ-ラクタム系にアレルギーのある場合は,髄液移行性の高いクロラムフェニコールが使用される.また,発症後7~10日以内の本症患者と濃厚に接触した者に対しての化学予防投与として,リファンピシン600 mgを12時間ごと,2日間あるいはシプロフロキサシン500 mgを1回内服させる.4価多糖体ワクチン,4価結合型ワクチン(ジフテリア類毒素蛋白に結合したA,C,Y,W-135のポリサッカライドを含有)が海外で認可されており,わが国では輸入ワクチンとして使用されている.[大石和徳]
■文献
Apicella MA: Neisseria meningitidis. Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed (Mandell GL, Bennet JE, et al eds), pp2737-2752, Churchill Livingstone, 2010.
Brooks R, Woods CW, et al: Increased case-fatality rate associated with outbreaks of Neisseria meningitidis infection, compared with sporadic meningococcal diseases, in the United States, 1994-2002.
Hart CA, Cuevas LE:Bacterial meningitis. Manson’s Tropical Diseases, 22ed (Cook GC, Zumula A eds), pp969-982, Saunders, 2009.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報