ビョルンスチェルネビョルンソン(その他表記)Bjørnstjerne Bjørnson

20世紀西洋人名事典 の解説

ビョルンスチェルネ ビョルンソン
Bjørnstjerne Bjørnson


1832.12.8 - 1910.4.26
ノルウェー劇作家,詩人,小説家
クヴィクネ生まれ。
英・ドイツ名Björnstjerne Björson,フランス名Bjørnstjerne Bjørnson。
1856年にウプサラでの学生会議で感銘を受けて帰国後、「戦いの合間」(1857年)、「日向丘の少女」を発表して新文学の旗手となる。1857〜59年にはイプセンの後を継いでベルゲンの劇場舞台監督を務める。晩年は国際舞台に進出、ドレフュス事件フィンランドポーランド等の被圧迫民族のために奮闘して「人道の戦士」と呼ばれ、1903年ノーベル文学賞を受賞。また、ノルウェー国歌の作詞者でもある。’10年パリで客死、政府は軍艦を出して遺体を迎え、国葬とした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典 の解説

ビョルンスチェルネ ビョルンソン

生年月日:1832年12月8日
ノルウェーの小説家,劇作家
1910年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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