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国葬 こくそう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国葬
こくそう

国家の儀式として国費で行われる葬儀。古来,天皇の崩御などの場合,大喪が発せられる慣習があったが,特に国葬の名は明治以降正式に使用された。最初は右大臣岩倉具視の死に際して 1883年挙行され,以後,伊藤博文ら元勲的存在であった政治家の死に際して,特に臣下であっても国葬を賜わる例がつくられた。

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デジタル大辞泉の解説

こく‐そう〔‐サウ〕【国葬】

国家に功労のあった人の死去に際し、国家の儀式として国費で行う葬儀。

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百科事典マイペディアの解説

国葬【こくそう】

国の儀式として国費で行われる葬儀。日本では国葬令(1926年)に基づいて〈大喪(たいそう)儀〉(天皇・皇后・皇太后太皇太后の葬儀),皇太子,同妃,皇太孫,同妃,摂政たる皇族の〈喪儀〉および特に国に偉勲のあった者の葬儀について行われた。

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世界大百科事典 第2版の解説

こくそう【国葬】

国の大典として行われる葬儀。国葬の事務は国の機関で行われ,その経費は国庫から支払われる。日本では,それまでは先例にならってなされてきたが,1926年の〈国葬令〉によってはじめて規定された(1947年失効)。国葬令では天皇・太皇太后・皇太后・皇后の〈大喪儀〉や皇太子・皇太子妃・皇太孫・皇太孫妃および摂政たる皇族の〈喪儀〉はすべて国葬であり(ただし,皇太子・皇太孫が7歳未満の場合を除く),また,国家に功労のあった者(皇族も含む)に対しては特旨をもって国葬とされた。

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大辞林 第三版の解説

こくそう【国葬】

国の儀式として国費で行う葬儀。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国葬
こくそう

国が国家の儀式として、国費で行う葬儀。第二次世界大戦前には、1926年(大正15)従来の先例・慣例を法制化して国葬令が制定され、国葬は、法定上行われるものと、特旨によるものの2種とされた。前者は、天皇、太皇太后、皇太后、皇后の大喪儀と、皇太子、同妃、皇太孫、同妃、摂政(せっしょう)たる親王、内親王、王、女王の喪儀(7歳未満の皇太子、皇太孫の死去は除く)である。特旨によるものは、国家に大きな功労のあった者と、死に際してとくに勅旨のあった者の葬儀で、皇族も含まれていた。国葬当日は廃朝で、官庁と学校は休み、歌舞音曲は停止または遠慮し、全国民は喪に服し、国葬を厳粛に送ることとされた。国葬は神道(しんとう)式で行われ、葬儀の事務は国の機関が担当した。第二次世界大戦前、特旨により国葬が行われた者は、1878年(明治11)の大久保利通(としみち)の準国葬以後、次の皇族8名、一般人12名である。岩倉具視(ともみ)(1883)、島津久光(ひさみつ)(1887)、三条実美(さねとみ)(1891)、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)(1895)、北白川宮能久(よしひさ)親王(1895)、毛利元徳(1896)、島津忠義(1897)、小松宮彰仁(あきひと)親王(1903)、伊藤博文(ひろぶみ)(1909)、有栖川宮威仁(たけひと)親王(1913)、大山巌(いわお)(1916)、徳寿宮李太王煕(とくじゅのみやりたいおうき)(1919)、山県有朋(やまがたありとも)(1922)、伏見宮貞愛(ふしみのみやさだなる)親王(1923)、松方正義(まさよし)(1924)、昌徳宮李王(しょうとくのみやりおうせき)(1926)、東郷平八郎(1934)、西園寺公望(さいおんじきんもち)(1940)、山本五十六(いそろく)(1943)、閑院宮載仁(かんいんのみやことひと)親王(1945)。戦後は、「皇室典範」で天皇の大喪儀を定めている以外は、国葬の明文規定はない。1967年(昭和42)10月20日、元首相吉田茂の死去に際して、臨時閣議の決定によって、10月31日、日本武道館で戦後最初の国葬が行われた。また89年(平成1)2月24日、昭和天皇の大喪の礼が新宿御苑で行われた。[村上重良]

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