ポートランドバーズ（その他表記）Portland vase

改訂新版　世界大百科事典

ポートランド・バーズ
Portland vase

大英博物館蔵のローマ・ガラスの壺。出土地は不明であるが，17世紀にはローマのバルベリーニ宮殿にあり，18世紀末ポートランド家が購入，1810年大英博物館に移管した。このガラス壺の重要性はその技法と図像にある。技法は，酸化銅を含有する青ガラスによって本体を作り，アンチモンによる液体状の白ガラスに本体を浸してその表面に厚さ約0.5mmの白い層を重ね，それが冷えた後に図像のみを残して白色ガラス層を削り落とす方法である。この技法には発達したローマ・ガラスの技術水準を見ることができると同時に，縞メノウなどによるカメオの彫玉法の反映がある。図像に関しては幾つかの説があるが，現在では，アレクサンドロス大王の生誕譚に由来する，アウグストゥスの母アティアAtiaの物語と考えられている。それは，ポンペイ出土のカメオ・ガラスとの技法上の類似性，それに様式的特徴からこの壺の制作年代がアウグストゥス時代の前30-前20年に帰せられているためである。この時代の美術作品の多くが，歴史的主題か神話的主題によって皇帝を間接的に顕彰しようとしていたのに対し，この壺には皇帝自身を神格化しようとする意図が見られ，公的には神格化を拒んでいたアウグストゥスの本心がこの壺に表れているとも考えられる。したがって，この壺は，皇帝の私的環境の中にあったと推定される。
執筆者：青柳 正規

出典　株式会社平凡社「改訂新版　世界大百科事典」