マキノ智子(読み)マキノ トモコ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「マキノ智子」の解説

マキノ 智子
マキノ トモコ


職業
女優

本名
加藤 恵美子(カトウ エミコ)

旧名・旧姓
牧野

別名
別名=マキノ 輝子(マキノ テルコ)

生年月日
明治40年 1月29日

出生地
京都府 京都市上京区千本

経歴
日本映画の父といわれた牧野省三の四女。舞台子役を経て、牧野教育映画「万寿姫」で映画デビュー。その後マキノ輝子芸名で大正末から昭和初期までマキノ映画のナンバーワン・スターとして数多くの映画に出演。当時の代表作に「三人姉妹」「日輪」など。のち智子と改名俳優沢村国太郎と結婚した。昭和6年マキノ映画解散後は日活、東亜キネマなどで活躍したが、12年に引退。

没年月日
昭和59年 10月20日 (1984年)

家族
父=牧野 省三(日本映画の父),夫=沢村 国太郎(俳優),息子=長門 裕之(俳優),津川 雅彦(俳優),弟=マキノ 雅広(映画監督),マキノ 光雄(映画製作者)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「マキノ智子」の解説

マキノ 智子
マキノ トモコ

大正・昭和期の女優



生年
明治40(1907)年1月29日

没年
昭和59(1984)年10月20日

出生地
京都府京都市上京区千本

本名
加藤 恵美子(カトウ エミコ)

旧姓(旧名)
牧野

別名
別名=マキノ 輝子(マキノ テルコ)

経歴
日本映画の父といわれた牧野省三の四女。舞台子役を経て、牧野教育映画「万寿姫」で映画デビュー。その後マキノ輝子の芸名で大正末から昭和初期までマキノ映画のナンバーワン・スターとして数多くの映画に出演。当時の代表作に「三人姉妹」「日輪」など。のち智子と改名、俳優の沢村国太郎と結婚した。昭和6年マキノ映画解散後は日活、東亜キネマなどで活躍したが、12年に引退。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「マキノ智子」の解説

マキノ智子 マキノ-ともこ

1907-1984 大正-昭和時代の女優。
明治40年1月29日生まれ。牧野省三の4女。4代沢村国太郎の妻。長門裕之,津川雅彦の母。映画「万寿姫」でデビュー。マキノ映画のスターとして「三人姉妹」などに出演,のち日活などで活躍した。昭和59年10月20日死去。77歳。京都出身。京都家政女学校卒。本名は加藤恵美子。芸名は別にマキノ輝子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内のマキノ智子の言及

【牧野省三】より

… 横田商会,日活をへて,21年に独立して〈牧野教育映画撮影所〉(1925年には〈マキノ・プロダクション〉)を設立。直木三十五を〈食客〉として遇し,門下から,シナリオライターとして,寿々喜多呂九平(すすきたろくへい),山上伊太郎,監督として息子のマキノ正博(戦後マキノ雅弘と改名,現在はマキノ雅裕),金森万象,衣笠貞之助,中島宝三,沼田紅緑,井上金太郎,松田定次,久保為義,滝沢英輔,並木鏡太郎(山中貞雄や中川信夫もその助監督として働いており,内田吐夢,二川文太郎も世話になったことがある),それに俳優として,先の尾上松之助をはじめ,阪東妻三郎,市川右太衛門,嵐長三郎(のちの寛寿郎),片岡千恵蔵,沢村国太郎らの男優(いずれも時代劇スターとして一世をふうび),娘のマキノ輝子(のちのマキノ智子),森静子,岡島艶子,鈴木澄子,松浦築枝,大林梅子らの女優をスターとして育て,世に出している。 牧野の家系そのものも日本映画史の一つの流れをつくっているといってもよく,省三の子には,先にあげたマキノ智子(1907‐84。…

※「マキノ智子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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