マクシミリアン1世ヨーゼフ(読み)マクシミリアンいっせいヨーゼフ(その他表記)Maximilian I Joseph

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

マクシミリアン1世ヨーゼフ
マクシミリアンいっせいヨーゼフ
Maximilian I Joseph

[生]1756.5.27. マンハイム
[没]1825.10.13. ニュンフェンブルク
バイエルン王 (在位 1806~25) 。ファルツ=ツワイブリュッケン公フリードリヒの次男。 1777年からフランス革命の勃発までフランス軍に勤務。 95年兄カルルの跡を継いでファルツ=ツワイブリュッケン公,さらに 99年マクシミリアン4世ヨーゼフとして選帝侯となり,有能な大臣モンジュラ伯の補佐を受けて,バイエルンを開明的な国家につくり上げた。フランスとの友好関係を維持しながら領地を広げ,1806年みずからマクシミリアン1世として王に即位。ナポレオン全盛期には,フランスとともに戦い西部オーストリアの大半を領有したが,フランス敗北後はオーストリアと和睦して王国保全をはかった。

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