知恵蔵 「マケドニア国名問題」の解説
マケドニア国名問題
93年、マケドニアが国連加盟を申請した際には、ギリシャの抗議を受け、「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国(FYROM)」という暫定国名を使うことで合意した。2008年には、北太平洋条約機構(NATO)への加盟を目指すマケドニアが、加盟を阻止しているギリシャを国際司法裁判所に提訴。マケドニアの主張が認められたものの、ギリシャが承認せず、NATO加盟は実現しなかった。
その後も、両国とも主張を譲らなかったが、17年5月にマケドニアで穏健左派を中心とした連立政権が誕生すると一転。NATOと欧州連合(EU)への加盟を目指すザエフ首相は、国名変更を前提にギリシャとの和解交渉を始めた。現在(18年3月時点)、国連の仲介の下、新マケドニア共和国や北マケドニア共和国など、「マケドニア」の名称を入れた新しい国名が検討されている模様。18年2月には、マケドニア政府がギリシャに配慮し、首都スコピエのアレクサンダー大王空港をスコピエ国際空港に改称している。ギリシャはこうした柔軟姿勢を評価しているが、国内では「マケドニア」の名称が継続することへの大規模な反対デモが起こるなど、ナショナリズムが高揚している。
(大迫秀樹 フリー編集者/2018年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報