マズヤド朝(読み)マズヤドちょう(その他表記)Mazyad

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マズヤド朝」の意味・わかりやすい解説

マズヤド朝
マズヤドちょう
Mazyad

イラク中央部にあった王朝 (961頃~1150) 。マズヤド家はアラブ遊牧民出身で,イラク平原中央部のヒッラに定着し,周辺の遊牧民を支配した。5代目の君主ドゥバイス2世 (在位 08~35) は対十字軍戦争で活躍し,また詩人を援助したことで有名である。ヒッラは,しばしばセルジューク朝実権を取戻したアッバース朝カリフの軍に侵略され,1150年カリフ軍によって完全に破壊され,王朝は滅亡した。

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