マズヤド朝(読み)マズヤドちょう(その他表記)Mazyad

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マズヤド朝」の意味・わかりやすい解説

マズヤド朝
マズヤドちょう
Mazyad

イラク中央部にあった王朝 (961頃~1150) 。マズヤド家はアラブ遊牧民の出身で,イラク平原中央部のヒッラに定着し,周辺の遊牧民を支配した。5代目の君主ドゥバイス2世 (在位 08~35) は対十字軍戦争で活躍し,また詩人を援助したことで有名である。ヒッラは,しばしばセルジューク朝や実権を取戻したアッバース朝カリフの軍に侵略され,1150年カリフ軍によって完全に破壊され,王朝は滅亡した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む