アメリカの黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの小説。1962年刊。行きずりの南部の白人女との愛と憎しみの生活に破れて、黒人ドラマーのルーファスは女を精神異常となるまで追い込み、自らも投身自殺を遂げる。この作品の焦点となるのは、生前ルーファスとかかわりをもった白人や黒人が、彼の死因に責任を感じながら、互いに繰り広げる錯綜(さくそう)した異性愛、同性愛の世界であり、性を媒体とした両人種間の人間関係である。現代人の愛に対する渇望と絶望が多彩な隠喩(いんゆ)とイメージによって表現されている。作者はこの作品で、性や人種のタブーを乗り越えた場に相互理解の新しい可能性を探り、同時にルーファスの自殺を救いえなかったアメリカ社会の不毛性を批判する。
[関口 功]
『野崎孝訳『もう一つの国』(集英社文庫)』
…登場人物を黒人に限ったこの作品は,父と子の問題,生の不安,性に根ざす宗教的罪悪感,人種対立をはらんだ社会への疑念など,主人公である黒人少年の心理の深部を濃密に描いて注目された。第2作《ジョバンニの部屋》(1956)を経て,白黒両人種間の愛の複雑な様相と,人間性に対して破壊的な働きをするアメリカ社会の特異な性格を複雑にからませた大作《もう一つの国》(1962)によって彼の文名は世界的なものになった。60年代には公民権運動のスポークスマンとして全国的に講演活動を展開,評論《次は火だ》(1963)や戯曲《白人へのブルース》(1964)を発表してアメリカの病弊を鋭く批判した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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