文化人類学などにおいては,タブーという語は次のような限定された意味で用いる。すなわち,ある事象(事物,人,行為など)を,感染性の危険を帯びているとみなして,それに触れたり,さらにその行為をしたりすることを禁じる規則があり,その規則に違反したものは自動的に災厄に見舞われると考えられているとき,そのような規則をタブーと呼ぶ。タブーを侵犯した者は,自分自身が災厄に見舞われるだけでなく,自分の周囲の人々や共同体にも災厄をもたらす。つまり,タブーを侵犯した者の危険な状態は周囲の人々にも感染するのである。タブーという語は今日,欧米や日本では,慣習や道徳で禁じられた事がらを指すのに広く用いられているが,文化人類学などでは上のように,より限定された語義を与えている。
タブーは元来ポリネシア語であるが,大航海者であったキャプテン・クックが18世紀の後半に世界周航の記録の中ではじめてイギリス人に紹介した。その後,ポリネシアでタブーと呼ばれているものと類似の慣習が世界中に広く見られることが明らかとなり,タブーという語は今日では,欧米や日本でも日常語として用いられるに至っている。日本語ではふつう禁忌と訳され,日本語古来の忌(いみ),物忌(ものいみ)という言葉も類似の意味をもっている。
ポリネシア語においては,taは〈徴(しるし)づける〉,bu(もしくはpu)は〈強く〉を意味すると言われている。したがってタブーとは〈強くはっきりと徴づけられた〉という意味の語であり,伝染性の危険を帯びたものを,はっきりと徴づけて禁じる規則,およびそのようにして禁じられたものがタブー本来の語義である。
タブーとされるものには近親相姦,あるいは死や出産に関するものなど広く分布するものもあるが,社会,文化によってその様態は多岐にわたる。たとえば食物に関するタブーとして旧約聖書《レビ記》の記述がしばしば引かれるが,そこではラクダ,ブタ,ウサギ,イワダヌキ,ムササビ,地をはうもの,うろこやひれをもたない魚などを食べることが禁じられている。その理由についてはさまざまな説明があるが,その一つは次のようなものである。これらの動物は,それが属する種の特徴を完全に備えていなかったり,彼らの動物分類体系にうまく位置づけることができない異常なものであるため,穢(けが)れたものとみなされ,タブーの対象とされた,というものである。
旧約時代のイスラエル人は,ひづめが分かれ,かつ反芻(はんすう)する有蹄類は食うにふさわしい動物とみなしていたようだ。しかるにラクダやブタはひづめが分かれているのに反芻せず,ウサギやイワダヌキはつねに口を動かしているので反芻する動物だと思われていたのにひづめが分かれていないからタブーの対象とされたのである。また彼らは,世界を地と水と空に分け,生き物を2本足で翼を持ち空を飛ぶ鳥と,うろこを持ちひれで水中を泳ぐ魚と,4本足で地上を歩く獣とに分類していた。それゆえ,4足を持ち空を飛ぶムササビや,うろこのない魚や,足を持たないで地上をはうヘビは食することを禁じられたのである。
また類似した形態として,明確に区別しておくべき領域や範疇を混交したり不当に近づけたりする行為がタブーとされる場合がある。日本の事例をあげれば,山中で狩猟生活に従事していたマタギは,山中で狩猟を行っているときには〈山言葉〉を用い,そこで〈里言葉〉を用いることをタブーとしていた。同様に〈里言葉〉と区別される〈沖言葉〉を用いる漁民もいる。
また,人体からの分泌物や人体から切り離されたもの,すなわち糞便,尿,精液,月経血,切った髪やつめ,あか,吐いたつばなどがしばしばタブーの対象となるのも,それらが自己とそうでないものというもっとも根本的な範疇区分をあいまいにするものだから,と説明する論者もいる。
人の社会的範疇に関しても,社会の周縁に位置づけられるものがタブー視されたり,またある範疇から他の範疇に移行しつつある過渡期間,たとえば成年式(子どもからおとなへ),婚礼(独身者から既婚者へ),葬礼(生者から死者へ)などの当事者が,危険な,ある場合には穢れた存在とみなされて隔離され,さまざまなタブーを課せられる例は多い。
次に社会的秩序の象徴とされる人物,あるいはその秩序を超越しているとされる人物に特有のタブーがある。王や首長の身体がしばしばタブーとされ,食事をしているところを臣下に見られたり,地面に直接触れることを禁じられたりするのがこれである。アフリカのブショング族の社会においても近親相姦はタブーであるが,王を聖別する即位式においては,王は近親相姦を犯さなければならない。王は超人的存在になるためにタブーを侵犯しなければならないのである。また妖術者が神秘力を得るために近親相姦を犯したり,人肉を食べると信じている民族もある。
タブーの対象となる穢れたものとは,体系的秩序に組み入れることのできないもの,あるいはそれをおびやかすものなど,要するに異例であることによって力能を帯びている事象である。それは精神の認識作用による秩序創出の必然的な副産物であり,それゆえ,混沌のシンボルとも,秩序を創出する力や過程のシンボルともなりうるものである。
要するにタブーとは,秩序の根幹とそれに対する危険をある事象に象徴させ,さらにその事象を禁じることによって,根本的秩序とそれに対する危険を顕示し,その秩序を守る制度である。したがってタブーは,ある社会を理解しようとする際にきわめて有効な手がかりとなる。タブーを手がかりとして,意識と無意識にわたって人間を支えている秩序,人間が知・情・意の全体で生きている根本的秩序の骨組みを探ることができるからである。
タブー侵犯の行為に対してサンクション(制裁)が加えられたり,神霊の罰が下されると考えている例も少なくないが,理念的には,タブー侵犯の結果としての災厄は自動的に生起するのである。タブーを順守している人々にとって,それは,社会と文化のシステムに備わっている力能の自動作用と感じられているようである。タブーという制度の背後には,法や政治的な制裁も,道徳や神霊すらも,根底的な秩序を維持するには十分でないという認識,あるいは外的な力だけでは維持できない人間的宇宙の秩序の本性に対する洞察と感受性が存在しているように思われる。
執筆者:阿部 年晴
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タブーは元来ポリネシア語で、ta(=印をつける)とpu(=強烈さを示す副詞)が結合して、「はっきり印をつけられた」とか「くぎられる」とかを意味することばであった。そこから派生的に「神聖」とか「禁止される」といった意味が導き出されるが、タブーはあくまで単一の概念であり、神聖と禁止という別々の意味を含む複合的概念ではない。なぜなら、ポリネシアでは神聖な物や場所は、一般にだれでもそれが神聖であることを知りうるような特殊な方法で印をつけられ、そうしたものに近づかないとか触れないとかいうことは状況しだいであったからである。たとえばポリネシアでは、個人の政治的権威は、彼が課すことのできるタブーの種類によって測られ、このタブーは彼より上位の官職につく者だけが無効にできたのである。もし食料統制者が食物のタブーを布告すれば、次の収穫までそれを食べることはできなかった。このことは、ポリネシアの政治的ヒエラルキーが拒否権のヒエラルキーであり、拒否権の執行がタブーの形でなされていたという事情による。このようにタブーは、ポリネシアの文化的脈絡のなかで解釈されるべき特殊な概念であるのだが、それが西欧文化に移植されるにあたってさまざまの曲解を被ることになった。
[土佐昌樹]
タブーということばは、J・クックが18世紀末に西洋人で初めて記述し、おもにビクトリア朝時代のイギリス社会に輸入された。英語にはタブーのような意味の広がりをもつ単語がなかったので、本来単一の概念であるタブーを「禁止」と「神聖」という二つの概念に分解することで、その意味の理解が試みられた。さらに、ポリネシアの文化的脈絡から切り離し、西欧の文化的基準に立脚した解釈を受けたタブーという概念は、種々の意味上の偏向を受けつつ宗教学や人類学に導入されることになった。たとえば、R・スミスは、タブーを迷信のもっとも低い形態としてかたづけた。彼は、未開人においては不浄の原因とタブー視されることが同じものとしてとらえられていると主張し、こうした観念を一神教成立以前の原始性を示す残滓(ざんし)と考えた。この誤解は、彼が「神聖」という概念をタブーから切り離し、不用意に「不浄」という概念に関連づけたためであるが、同時に、ビクトリア朝時代は宗教への合理主義的アプローチが盛んになり始めた時代で、また、当時の社会自体がタブーに満ち満ちていたという事情にもよるのである。さらに、フレイザー、ブント、フロイトなどによって雑多な現象群がタブーという名のもとにまとめ上げられたが、ポリネシアの慣習であるタブーを理解し、かつ通文化的比較を可能にするような定義は与えられていない。シュタイナーは、タブーは価値への志向が危険な行動によって表現されるあらゆる状況の一要素であることを指摘し、タブーの見出しの下で議論されるあらゆるものは単一の問題としては理解しえないと述べた。さらに、タブーは、〔1〕違反の分類と認定、〔2〕危険の制度的な位置づけ、という二つの社会的機能をもつと主張した。
今日では、タブーは、「禁忌」という一般的概念として用いられており、違反がなんらかの社会的制裁を引き起こす場合だけでなく、そうした結果を予期しない単なる禁止、禁制を意味する場合にも適用されている。逆に、その適用範囲を限定して、外在的な媒介なしに必然的に罰が与えられるような、自動的に働く禁止の意味でのみタブーという用語を使用すべきとする意見もある。一方、文化記号論においては、タブーはより一般化された境界性の問題に包摂されている。すなわち、あるカテゴリーxとが接する境界領域は、あらゆる社会において「聖なるもの」や「タブー」として特別の価値を付与されているが、タブーはこうした境界領域の属性の一つとして位置づけられているのである。たとえば、「この世」と「あの世」の境界に生ずる出生や死、身体と外界との境界に生ずる排泄(はいせつ)物や出血、ある社会的カテゴリーから別の社会的カテゴリーに移行する境界にある思春期の男女、新婚夫婦、男女のやもめなどにそうしたタブーと結び付く境界性がみられる。こうした境界的現象はどこの社会でも特別に徴(しるし)づけられており、「神聖」「非日常的」「穢(けがれ)」「タブー」などの価値で取り囲まれているが、個々の意味については、当該社会の文化的脈絡と照らし合わせながら解釈されねばならない。
[土佐昌樹]
『F・シュタイナー著、井上兼行訳『タブー』(1970・せりか書房)』
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禁忌(きんき)と訳され,ポリネシア語から由来する語。世界に広く分布し,さまざまな文化段階において現れる現象で,呪力(マナ)の観念の消極的側面である。強力なマナを持つ人間,動植物,自然はしばしばタブーとされる。
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…1910年代まではヤードレー,ウビガン,ロジェ・アンド・ガレ,ゲラン,コティ,キャロンといった香水や化粧品の専門メーカーによって,それも天然香料を主にした香水が発売されていたが,1920年代になってオート・クチュールのシャネルが合成香料のアルデハイドを配合した香水〈No.5〉を発表し,以後ランバン,ジャン・パトゥ,スキャパレリ,ディオールなどデザイナー・ブランドの香水が発売される傾向になった。香りのタイプもシングルフローラル(単純な花の香り)からオリエンタル(ジャコウなど動物的な香り,ダナの〈タブー〉,ゲランの〈ボル・ド・ニュイ(夜間飛行)〉など),シプレー(シプル島のイメージをもった粉っぽい香り,ゲランの〈ミツコ〉,ディオールの〈ミス・ディオール〉など),フローラルブーケ(花束の香り,ジャン・パトゥの〈ジョイ〉,ニナ・リッチの〈カプリッチ〉など),アルデハイド(合成香料アルデハイドを主調としたモダンな香り,〈シャネルNo.5〉,ランバンの〈アルページュ〉など)と発展し,1970年代からグリーン・ノート(青葉・青草の香り,〈シャネルNo.19〉,Y.サン・ローランの〈イグレック〉など)が流行した。これらの香水の多様な発展には,そのさまざまな微妙な匂いの違いをかぎわけて調合する調香師の果たす役割も見逃せない。…
…《古事記》《日本書紀》その他の古典で,典型的には〈斎〉と〈忌〉とに表記上使い分けられる。現代では禁忌ないしタブーに比定されるが,古典的には異常な神聖に対する消極的な忌避の態度や習俗ばかりでなく,積極的な交渉や謹慎のそれをも含む。原始古代の神聖観念には,崇高,清浄,偉大,強力など畏敬すべき神聖のほかに危険,邪悪,汚穢(おわい)など忌避すべき不浄な神聖も含まれており,基本的には異常な神秘として日常から隔離され俗的扱いを禁止される意味をもつ。…
…新世界ザルでは月経はみられないが,血中ホルモンの周期的変動がみられる。【加藤 順三】
【月経とタブー】
月経は女性の出産能力を示す現象として,多くの社会で望ましいもの,重要なものと考えられている。また月経はその周期が月の満ち欠けの周期に近いことから,人の誕生や死と同じく月の影響を受けて起こる現象として神秘化される場合もあり,女性が男性以上に自然の摂理に支配される存在と考えられる根拠ともなっている。…
…〈…きんぜい〉ともいう。女性に関する宗教的タブーは多種多様であるが,一時的・限定的なタブーと永続的・恒常的なタブーとに大別できる。前者は特定の時間や場において一時的に認められるもので,神祭や正月行事などハレ(晴)の機会に女性に課される禁忌と,出産,妊娠,月経など女性特有の生理現象に伴う禁忌とがある。…
※「タブー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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