ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヨハネス10世」の意味・わかりやすい解説
ヨハネス10世
ヨハネスじっせい
Johannes X
[没]929. ローマ
トッシニャーノ出身の第122代教皇(在位 914~928)。914年3月,ラベンナ大司教を務めていたときに,教皇ランドゥス(在位 913~914)の後継者に選ばれた。ベネディクト会から新たに分派したクリュニー会(→クリュニー修道院)の厳格な戒律を承認した。また,南イタリアからサラセン人(→サラセン)を駆逐するために,ビザンチン皇帝やイタリア王ベレンガーリョ1世(在位 888~889,898~924)と同盟を結んだ。915年8月,ローマの元老院議員テオフィラクツスおよびスポレト公(→スポレト)アルベリック1世と連合し,ガリリャーノ川でサラセン軍を打ち破った。915年12月にベレンガーリョ1世を西ローマ皇帝の座につかせ,その死後は後継者のイタリア王ウーゴと同盟してローマの貴族社会から距離を置こうとした。このことに激怒したテオフィラクツスの娘マロツィアにより,サンタンジェロ城に幽閉され,そこで死亡したとされる。
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