リューベック条約(読み)リューベックじょうやく(その他表記)Treaty of Lübeck

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リューベック条約」の意味・わかりやすい解説

リューベック条約
リューベックじょうやく
Treaty of Lübeck

1629年5月 22日,デンマーク王クリスティアン4世と神聖ローマ皇帝フェルディナント2世との間に結ばれた和約。ホルシュタイン公として帝国諸侯の一人であり,西北部ドイツの新教化に重大な利害を有したクリスティアンは,三十年戦争当初におけるカトリック連合 (皇帝軍) の勝利をみて,25年に参戦した。しかし J.ティリーと A.ワレンシュタインに惨敗を喫し,シュレースウィヒ=ホルシュタインとユトラント (ユラン) を占領されて,この和約を強いられ,今後ドイツの宗教紛争に一切介入しないことを約束しなければならなかった。

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