ルイジダラピッコラ(その他表記)Luigi Dullapiccola

20世紀西洋人名事典 「ルイジダラピッコラ」の解説

ルイジ ダラピッコラ
Luigi Dullapiccola


1904.2.3 - 1975.2.19
イタリアの作曲家。
ケルビーニ音楽院教授。
ピジーノ(後のユーゴスラヴィアのパジン)生まれ。
第一次大戦開始によりピジーノからオーストリアのグラーツへ強制移住させられ、迫害の下でドイツ音楽のオーケストラ曲やオペラに接する機会を得る。大戦後、帰国しケルビーニ音楽院でエルネスト・コンソロやヴィト・フラッツィに師事し、1930年マテラッシと組んで現代音楽の演奏を行い、1934年ケルビーニ音楽院教授となる。ドビュッシーやベルク、ウェーベルンの影響を受け、完全な12音技法作曲のパイオニア的存在となる。作品に「カレワラによる2つの合唱曲」(’31年)、「解放の歌」(’51年〜55年)など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「ルイジダラピッコラ」の解説

ルイジ ダラピッコラ

生年月日:1904年2月3日
イタリアの作曲家
1975年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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