レースに使われる自動車の総称。競走用自動車ともいう。
[高島鎮雄]
1895年に史上初の本格的な自動車レース「パリ―ボルドー―パリ」が開催された。ようやく自動車が実用化されたころであったから、とにかく自力で走れる車ならなんでも出場してきた。レーシングカーどころか、乗用車とバス、トラックの区別さえ判然とはしていなかったころである。しかしレースの人気が高まり、競走が激しくなるにしたがって、レースに勝つための専門のレーシングカーがつくられるようになってきた。実用的な装備を外して軽量化したシャシー(車台)に、大排気量の強力エンジンを搭載した専用車である。それを操るためには度胸と反射神経と腕力が必要で、レーシングドライバーという新しい職業が生まれた。その結果、レース速度は安全が保てないほど高くなり、事故が多発した。そこで早くも1898年には、車両重量を重量車で400キログラム以上、軽量車で200~400キログラムとする史上初のレーシングカー・フォーミュラが設けられた(フォーミュラとは規格のことである)。
重量を重くすることによって速度を下げるのがその目的であったが、エンジンの大きさに制限のない以上、最初のフォーミュラは安全性確保の面からはあまり効果がなく、かえって強力なエンジンが積まれる結果となった。そこで1902年には重量車650キログラム以上、軽量車400~650キログラム、小型車250~400キログラムと、フォーミュラを強化しなければならなかった。さらに1902~06年には、逆に車両重量を1000キログラム以下に抑えることにより、大排気量の強力エンジンを締め出す方法がとられた。それでも1906年のル・マンの第1回フランス自動車クラブ・グランプリ(グランプリの名のついた最初のレース)に優勝したルノーは、排気量12.975リットル、105馬力で、最高時速160キロメートルにも達した。
重量による規制が効果がなかった結果、1907年には、使用燃料の量を100キロメートル当り30リットル(約3.3キロメートル/リットル)以下に制限し、間接的ながら初めてエンジンの大きさに枠が設けられた。さらに1908年にはエンジンの総ピストン表面積755平方センチメートル以下(4気筒で内径155ミリメートル以下、6気筒で127ミリメートル以下)、乾燥重量(オイル、水を除いた重量)1100キログラム以上という複合フォーミュラが課せられ、エンジンの直接規制が始まった。13年にはふたたび燃費100キロメートル当り20リットル(5キロメートル/リットル)以下、車両重量800~1100キログラムという燃費と重量の複合規制が採用された。第一次世界大戦の始まる1914年には、初めてエンジンの総排気量を4.5リットル以下に抑制、あわせて車両重量を1100キログラム以上とし、以後はエンジン排気量と車両重量を中心に、ときに車体寸法や燃料消費率も併用するという方法が用いられてきた。フォーミュラが強化されると、その範囲内で性能の限界を追求して安全限界に近づき、ふたたびフォーミュラが強化される。このように、レーシングカーの歴史は、マシーンの性能向上とフォーミュラ強化の終わりのない追いかけっこであり、それは今後も果てしなく続いていくものと思われる。
以上のフォーミュラによるレーシングカーは、第二次世界大戦前は一般にグランプリカーとよばれてきたが、戦後はフォーミュラ2(ツー)やフォーミュラ3(スリー)も設けられ、レーシングドライバーの登竜門としてのレースが行われるようになった結果、フォーミュラ1(ワン)カー、略してF1(エフワン)カーとよばれるようになった。F1カーによるレースは、ブラジル・グランプリ、モナコ・グランプリ、アメリカ・グランプリのように、開催国名を冠したグランプリ・レースの名でよばれている。
1910年ごろから、高度に専門化し実用車とはかけ離れてしまったグランプリカーと実用車との間に、いわゆるスポーツカーが生まれた。スポーツカーは基本的に高性能な実用車であるが、やがてそれによるレースも行われるようになった。さらに現在では実用車(ツーリングカー)によるレースも盛んで、ひと口にレーシングカーといってもきわめて多岐にわたるのが現状である。
[高島鎮雄]
全世界のモータースポーツを管掌しているのは、FIA(国際自動車連盟)である。2001年時点でのレーシングカーのカテゴリーは次のとおりである(なお各生産台数は連続した12か月間のもの)。
●グループA 大量生産ツーリングカー。生産台数2500台以上。4人乗り以上。公認強化パーツで50%程度の出力アップ可、公認エアロパーツ(空力特性を向上させる部品)装着可。〈参加できる競技〉世界ツーリングカー選手権(WTC)、世界ラリー選手権(WRC)、全日本ツーリングカー選手権。
●グループB 量産スポーツカー。生産台数200台以上。2人乗り以上。〈参加できる競技〉世界スポーツ・プロトタイプ選手権(WSPC)。
●グループC1(C2) スポーツ・プロトタイプ。生産要求なし。二座席。エンジン/排気量自由。最低重量850(C2は700)キログラム。1000キロメートル・レースの燃料消費量510(C2は330)リットル以下。〈参加できる競技〉世界スポーツ・プロトタイプ選手権(例、ル・マン24時間)、全日本スポーツ・プロトタイプ選手権。
●グループD フォーミュラ・レーシングカー。生産要求なし。1人乗りで、4本の車輪が露出しているもの。
(1)フォーミュラ1 10気筒以下で、ターボなし3リットル以下。重量600キログラム以上。F1レース。(2)フォーミュラ3000(かつてのフォーミュラ2に相当) V型8気筒、ターボなし3リットル以下、現在はローラ(シャシー)/ジャッド(エンジン)のワンメイク・レース。F3000レース。(3)フォーミュラ3 4気筒以下、ターボなし2リットル以下のグループAエンジンを用いる。455キログラム以上。F3レース。
●グループE フォーミュラ・リブレ(自由)・レーシングカー。各国独自のフォーミュラ・レーシングカー。アメリカのCART(インディ500など)がこのグループに入る。
このほか各国に独自のレギュレーション(規則)によるレースがあり、そのためのレーシングカーが存在する。
[高島鎮雄]
性能の限界を競うレーシングカーは、その時点における最先端の技術を駆使して設計・製作されている。なかでも1レースの走行距離が350キロメートル程度で、スプリントレースの性格の強いF1に著しい。1986年までは短距離のプラクティス(公式予選)ではターボの過給圧を6~7バールにもあげ、瞬間的には千数百馬力にも達し、レースでも1000馬力を超えていた。しかし安全性の見地から1987年以降、過給圧を4バールに規制し、さらに88年以降は過給圧を2.5バール以下に規制を強めたが、それでも700馬力以上で、ほぼ同重量の軽自動車の20倍にも達する。1989年からはターボチャージャーが全面禁止され、現在はターボなし3000ccの4ストローク・レシプロエンジンとなっている。
このパワーを可能な限り路面に伝えるために、重いエンジンを後輪直前のミッドシップに積むほか、ボディー形状のくふうや、ウィングなどさまざまな空気力学的付加物により、高速では強いダウンフォース(路面へ押さえ付ける力)を得ている。強大なパワーを伝達するタイヤはもっとも重要な要素で、現在は摩擦熱でゴムが溶け出すことによってグリップを得る方式が一般化している。長らく超ワイドで溝のない、いわゆるスリックタイヤが使われてきたが、あまりにもグリップが高すぎて危険になったため、2001年には前輪が幅355ミリメートル以下で4本溝、後輪が幅380ミリメートル以下で4本溝のグルーブド(溝付き)タイヤが要求されている。雨天には溝の多いレインタイヤを用いる。
ボディーはアルミニウムが長い間使われていたが、現在ではカーボンファイバーやケブラーを用いた繊維強化プラスチックのモノコック構造である。これはアルミニウムの5倍もの強度をもち、したがって同じ強度なら重量を5分の1にできる。この新素材によって初めて1000馬力に耐えるボディーが可能になり、また一つのボディーで年間十数回のレースに使えるようにもなった。ボディー形状はもちろん風胴で決定されるほか、サスペンション、タイヤともども、サーキットごとに微妙に調節される。
2008年現在F1レースは世界中で年間18回行われるグランプリ・レースの結果によりドライバーとマシーンのチャンピオンが決められており、このなかには10月の富士スピードウェイ(2009年は鈴鹿(すずか)サーキット)で行われる日本グランプリも含まれている。1997年にヤマハ発動機が撤退して以来、日本車は参加していなかったが、2000年(平成12)からホンダ(本田技研工業)が復帰、トヨタ自動車も2002年に参戦している。トヨタはこのためにF1エンジンの経験をもつヤマハ発動機に資本投下したほどである。
8年ぶりにF1復帰を果たしたホンダは、それを「24時間プロジェクト」とよんだ。すなわちホンダF1マシーンはエンジンに特殊なセンサーと通信機能を装備、レース中のエンジン回転の変化などのデータを瞬時に日本にネット送信し、それに基づいてエンジンを改良、次のレースに備えた。現代のF1レースは、まさにハイテク技術を駆使する超先端スポーツなのである。
[高島鎮雄]
競走用自動車ともいう。より速く走ることを追求して開発された自動車で,自動車レースの種類に合わせて極度に単能化された形をとる。
自動車レースは,競技方法によりスピードレース,ラリー,ヒルクライム,タイムトライアルに分類することができ,それぞれに適合したレーシングカーがつくられる。これら各種レースの参加車両は,フランスに本部をおく国際自動車連盟(FIA)の国際スポーツ部会の定めたスポーツ法典付則J項に区分され,細部にわたり規定が設けられている。
スピードレースは,特定のコースで規定の距離または時間によりスピードを競うレースで,ロードレースとサーキットレースとがあるが,現在は交通量の増加や車両性能向上に伴う走行速度の飛躍的上昇などにより,ほとんどが専用の周回コース(サーキット)で行われている。ラリーは,運転者とコース指示者(ナビゲーター)の2人が1組となって指定されたコースを規定の時間で走る競技で,規定された時間に対する早遅が秒単位で計測され減点の対象となる。数日間にわたって競技する規模のものもあり,参加車両の性能,耐久性と同時に運転者の技術や耐久力も要求される。ヒルクライムはおもにヨーロッパで盛んな競技で,山岳道路を閉鎖したコースを用い,車両の軽快な操縦性能,急激な加減速性能や登坂力を競うものである。定められた急坂コースを全力で走行しその所要時間を争う。タイムトライアルは,定められたコースを競技車両が1台ずつ走り,その所要時間を競うものである。これには,パイロンなどで屈曲したコースを設定して行うジムカーナ,停止状態から1/4マイル(約400m)の直線路を全力加速して走りきるのに要した時間で争われるドラッグレース,車両の出し得る最高速度を競う速度記録挑戦などがある。ドラッグレースはとくにアメリカで盛んで,専用の競技車両はホットロッドと呼ばれている。
地上での絶対速度記録は,FIAの定めた規定では車輪駆動による車両のみを認めており,それに準拠した記録としてはアメリカのゴールデン・ロッド号の673.5km/h(1965)が最高記録である。なお,ロケットエンジンやジェットエンジンの推力を利用したものでは,1000km/hを超える速度が記録されている。速度記録には,このほか連続して長時間走行したときの平均速度を距離と時間別に競う方式もある。
→自動車競走
以上述べた各種レースに出場するレーシングカーのうち,もっとも代表的なものがグランプリレース用のフォーミュラ・ワン(F1)・レーサーであり,以下ではこれを中心に述べる。F1レーサーは,単座で中央に運転者が位置し,車輪にはフェンダーのない型式の競技専用車両で,技術の最先端を結集してつくられる。レーシングカーは基本的には,(1)エンジン出力の向上,(2)車両重量の軽減,(3)走行抵抗の減少,(4)操縦性,安定性の改善の四つが最高度に組み合わされ構成される。F1レーサーの場合,過去何回かエンジン総排気量が変更されているが,現在は自然吸入方式のエンジンで3000㏄以下とされている。レース用エンジンは高出力であると同時に過渡特性に優れ,しかも軽量で信頼性が高いことが要求され,さらに最近では走行コースや天候に応じて出力特性の微調整が可能であることも望まれる。1960年代には水平対向8気筒エンジンを上下に2基重ねて連結した形の,H型16気筒エンジンなど特異な型式のものも見られた。70年代に入ると,V型や水平対向12気筒エンジンにまじりフォード=コスワースV型8気筒エンジンが活躍した。これは67年に発表されてから現在に至るまで,改良を重ねながらも基本的な設計はそのままに第一線で用いられてきた名作と呼ぶにふさわしいエンジンの一つである。80年代には過給エンジンが主力を占め,ターボ過給機を総排気量1500㏄の直列4気筒やV型6気筒エンジンに組み合わせる方式が主流となった。最高出力は600馬力を超えるものもあり,排気量1l当りの出力に換算すると400馬力以上となる計算である。これは大気圧の2倍近い値に吸入空気を圧縮してシリンダーに供給する結果である。過給圧を上げれば上げるほど出力は向上することになるが,それに伴い燃焼温度も上昇するため,エンジン構成部品の耐熱性や潤滑の問題からおのずと限度がある。
車両重量の軽減に関しては,徹底的な限界設計がなされると同時に,軽くて剛性の高い新材料が次々にとり入れられている。例えばサスペンションアーム類などには,チタン合金やステンレス系の合金が多用され,急加速,全制動,コーナリング中の横力に耐え,しかも安全性を確保する必要最小限の強度と剛性をもつものとされ,一見ひじょうにきゃしゃな感じを受けるほどである。軽量化をはかるための新材料は,シャシ部材に積極的にとり入れられている。従来,細い鋼管を立体的に溶接して組み立てるスペースフレームが主流であったが,アルミ板をリベットで結合するモノコックフレームになり,さらには薄いハチの巣状のコアを上下からアルミシートで接着した航空機用材料が用いられるようになった。現在では,カーボンファイバーやケブラーで補強したプラスチックを成形加工する方法が開発され,まさに〈走る実験室〉といわれる様相を呈している。プラスチックの採用は,ブレーキディスクやロードホイールにもおよぶ勢いである。
瞬間的には300km/hを超える速度でレースを行うF1レーサーは,走行抵抗の低減と操縦性,安定性の改善とを欠かすことができない。高速で走行する場合,走行抵抗のうちでもとくに空気抵抗の占める割合が大きいため,空気抵抗をできるだけ少なくし,かつボディの揚力を少なくして,横風などにも走行安定性が乱されないことが必要である。空気抵抗のうち問題となるのは,表面摩擦抵抗と圧力抵抗の二つである。表面摩擦抵抗は,ボディ表面の凹凸を極力へらし平滑に仕上げることで減少できる。圧力抵抗は,主として正面形状,前面投影面積,側面形状,下面形状および後部形状でほぼ決まる。正面形状は前端を薄く,前面投影面積ができるだけ少なくなるよう設計され,そのためドライバーは,ステアリングホイールを脱着して乗降しなければならないほどである。ボディに働く揚力は,とくに高速走行時に問題となる。揚力が生ずるとタイヤの接地荷重が減少し,駆動力や制動力が有効に路面に伝わらなくなるばかりか,操縦性や安定性も著しく低下してしまう。その防止のため,従来は車体前後端に飛行機の翼を上下逆にした形のもの(ウィング)を取りつけ,車体上面の空気の流れを利用して逆揚力(車体を下向きに押しつける空気力,ダウンフォースという)を得ていた。その後,1978年にロータス社によって開発されたものが,ベンチュリーカーと呼ばれる形式である。これは,ボディ両側の前後輪間に逆翼形断面の張出しを置き,路面との間隙をできるだけ狭めてベンチュリーを形成し,大きなダウンフォースを得るというものである。この方式は,旋回中の速度の向上に絶大な威力を発揮したが,現在ではレース中の安全性への見地から,平均速度を低くおさえる目的で禁止され,ボディ下面形状は平面で構成されることが義務づけられている。
屈曲したサーキットを可能なかぎり速く走るためには,重量物をできるだけ車両重心に近づけて運動性能の向上をはかる設計がなされる。そのためF1レーサーをはじめ,ほとんどのレース専用車はエンジンを後車軸前方におき,エンジンやトランスミッション(変速機)などの駆動系を一体化する形式のミッドシップマウントとされる。トランスミッションは車体最後部に設けられ,走行するコースに合わせて簡単にギヤ比の設定ができる構造となっている。
レースに使用されるタイヤは,路面の状態によって数種類のトレッドパターンの中から最適のものが選ばれる。路面が乾燥している場合には,できるだけ接地面積を多くとれるように,トレッド部にまったく模様のないスリックタイヤが使われる。トレッドゴム質も,路面温度や走行中のタイヤ自体の温度上昇に合わせて選択できるように数種類のものが用意されている。従来,レース専用タイヤにはクロスプライ構造がもっぱら採用されていたが,最近ではラジアル構造のレース用タイヤが開発され,いずれは主流となるものと思われる。また予選走行専用のタイヤも開発されている。それはトレッドゴム質がとくに軟らかくつくられ,コースを数周するだけの寿命しかないが,グリップ能力を第一に考えてつくられる。タイヤは自動車に生ずるすべての力を路面に伝える働きをする唯一のものであり,操縦性や安定性にかかわる性能の大部分を支配する重要な機能を担っている。そのため,タイヤの有する性能をいかにして有効に発揮させ得るかがレーシングカーを設計する場合の最大の要目となる。そこで,より高性能なタイヤの開発と,その性能を十分に引き出すシャシ技術の開発および空力特性の改善が,〈より安全に,より速く〉を追求する技術の根幹となっている。
執筆者:中谷 弘能
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