ロマヌス4世(読み)ロマヌスよんせい(その他表記)Romanus IV Diogenes

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロマヌス4世」の意味・わかりやすい解説

ロマヌス4世
ロマヌスよんせい
Romanus IV Diogenes

[生]?
[没]1072. プロテ島
ビザンチン皇帝 (在位 1067~71) 。小アジアのカッパドキア軍人貴族の出身で,コンスタンチヌス 10世の未亡人エウドキアと結婚,即位。優秀な軍人で,ペチェネグ戦役で軍功を立て,さらにセルジューク・トルコとの戦い (1068~69) にも軍功をあげたが,1071年8月 19日のマンジケルトの戦いでは味方のアンドロニクス・ドゥカスの裏切りによりアルプ・アルスランに敗れ,捕虜となった。身代金年貢,トルコ軍捕虜の返還などを条件に釈放されたが,その間首都コンスタンチノープルではミカエル8世が即位 (71) していたため,帰国により一時内乱状態に陥った。抗争に敗れて両眼を焼かれ,プロテ島に流されたが,この傷がもとで没した。

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