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セルジューク朝第3代のスルタン(在位1072~92)。父アルプ・アルスラーン在世中に後継者に指名され、父の死後、17歳でスルタンに即位、叔父カーブルト・ベクの反乱を鎮圧して政権の基礎を確立した。遠征軍をカシュガル、アッラーン、シルバーンにまで送り、東方ではカラ・ハン朝、西方ではマルワーン朝、ビザンティン帝国から領土を奪取して、同朝最大の版図を実現した。宰相ニザーム・アルムルクの助けを得て軍制、イクターを整備し、イスファハーンをはじめとする諸都市にモスクや市壁を建設した。ウマル・アル・ハイヤーミーらの文人、学者を保護する一方、天文台をつくり、新しい太陽暦を導入した。彼の治世での最大の難問はイスマーイール派対策であったが、山城を陥落させて暗殺集団(イスマーイール派の一派ニザール派=アサシン派)を根絶させることはできなかった。ニザーム・アルムルクが暗殺された直後、バグダードで急死し、これを期にセルジューク朝の内紛が激化した。
[清水宏祐]
1055~92(在位1072~92)
セルジューク朝の第3代君主。ニザーム・アルムルクを宰相とし,彼の治世に同朝は隆盛の極に達し,東はアフガニスタン国境から西はビザンツ帝国国境に及ぶ西アジア全域を支配した。即位2年目に天文台を建設し,オマル・ハイヤームはそこで新暦(ジャラール暦)作製に従事した。サマルカンド,ブハラを征服し,さらにアデンをも占領した。
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