イラン・リビア制裁法(読み)いらんりびあせいさいほう(英語表記)Iran and Libya Sanctions Act of 1996

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イラン・リビア制裁法
いらんりびあせいさいほう
Iran and Libya Sanctions Act of 1996

イラン、リビア両国の国際テロへの関与を抑止することを目的として、1996年8月、国際世論の強い反発のなかでクリントン大統領が署名し、成立したアメリカの制裁強化法。ユダヤ人の多いニューヨーク州選出の上院議員、アルフォンセ・ダマトAlfonse D'Amatoが提案したことから通称ダマト法とよばれる。同法は、イラン・リビアを中東和平交渉を妨害するテロ支援国家と認識したうえで、両国の石油産業に年間4000万ドル以上を投資した外国企業、あるいは国連安全保障理事会の対リビア制裁決議に違反した外国企業を制裁の対象とし、アメリカ銀行による年間1000万ドル以上の融資禁止、アメリカ政府調達からの締出し、アメリカへの製品輸出禁止などの6項目から大統領が2項目、もしくはそれ以上を選択して発動することを定めたもの。
 1995年5月、アメリカは国内の企業にイランとの取引を禁じる、対イラン全面禁輸措置をとっている。またリビアに対しても、1988年のパンナム機爆破事件の容疑者引渡しを拒否したことにより、全面禁輸措置をとっている。イラン・リビア制裁法により、アメリカは第三国の企業にも制裁を科せるようになった。しかし、この領土外制裁発動に対し、ヨーロッパ連合(EU)諸国は、アメリカが関係国の主権を制限するものとして強い反発を示し、同法を批判した抗議文書をアメリカ国務省に提出した。1997年9月、フランスの石油大手企業トタールを中心とする国際企業連合が、イランの天然ガス開発への新規投資契約を締結した。このことに対する同制裁法適用の是非をめぐり、アメリカとEUの対立が改めて浮き彫りにされた。両者の交渉は、制裁回避の方向へ進んだが、EUは、アメリカが第三国に制裁を科した場合、世界貿易機関(WTO)への提訴を辞さない構えをとっている。[川口 薫]
 1999年4月、リビアはパンナム機爆破事件の容疑者を国連に引き渡し、そのため国連による制裁は凍結された。しかし、アメリカにおいては、2001年8月にイラン・リビア制裁法の5年間延長が決定された。2003年8月、リビアがパンナム機爆破事件の遺族に補償金を支払ったことを受けて、国連の制裁は解除された。また、同年12月にはリビアが大量破壊兵器の破棄を表明、これらを受けて、2004年4月、アメリカはイラン・リビア制裁法からリビア関連の制裁解除を決めた。さらに、2006年6月にアメリカはリビアに対するテロ支援国家指定を解除、両国の関係正常化が達成された。一方、イランについては、2006年にイラン・リビア制裁法が期限切れとなることを受けて、アメリカは同年10月に、イランに対する制裁強化や民主化勢力への財政支援を認める「イラン自由支援法」を制定した。[編集部]

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