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エステ荘 エステそう

百科事典マイペディアの解説

エステ荘【エステそう】

ルネサンス期の代表的ビラの一つで,ローマ郊外のティボリにある。ビラ・デステVilla d'Esteと呼ばれ,エステEste家の注文でピロ・リゴリオが1549年着手したが,未完成に終わった。

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世界大百科事典 第2版の解説

エステそう【エステ荘 Villa d’Este】

ローマ東方30kmのティボリにある,枢機卿イッポリト・デステIppolito II d’Este(1509‐72)の館。1560‐70年ころ建設。著名な庭園は,斜面を幾段ものテラスに分け,巧みなしかけで噴水や水オルガンを演出する,マニエリスム期イタリア庭園の典型である。設計には,建築家で考証学者としても高名であったリゴリオPirro Ligorio(1513ころ‐83)が参画したと考えられる。【横山 正】

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エステ荘
エステそう

ビラ・デステ」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内のエステ荘の言及

【庭園】より

…これらの特徴は,16世紀を通じてイタリアのルネサンス庭園の重要な特色となったのである。 16世紀に完成されたこのイタリア様式の庭園として,今日残存するもっともすばらしい例は,ローマ近郊のティボリにイッポリト・デステの営んだビラ・デステ(エステ荘),およびローマ北方のバニャイアBagnaiaのビラ・ランテVilla Lante(ともに16世紀中葉)であろう。ともに傾斜地に営まれたものだが,前者は大がかりな水の使用に特色があり,後者は16世紀イタリア庭園に特徴的なジャルディーニjardini(幾何学的な庭園)とボスコbosco(叢林)の組合せの典型である。…

【リゴリオ】より

…ナポリに生まれ,ローマで活躍。ローマ東郊のティボリにイッポリト・デステの別荘ビラ・デステ(エステ荘),バチカン宮殿の庭園にピウス4世のカジノ(園亭)を建設した。前者は彼自身が発掘したハドリアヌス帝のウィラ遺跡の影響を受けた雄大な噴水テラス庭園,後者は同じく古代ローマ時代の園亭を範とした小園であり,いずれも古代の図像と寓意に富む博識かつ衒学(げんがく)的な装飾性を特徴とする。…

※「エステ荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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