エッツェリーノ・ダ・ロマーノ(英語表記)Ezzelino da Romano

世界大百科事典 第2版の解説

1194‐1259
イタリアの武人。北イタリアのトレビゾ(ベネト地方)の小領主の子として生まれ,皇帝フリードリヒ2世と組んで活発な軍事活動を行い,ビチェンツァ,パドバ,ベローナなどの重要な都市の君主となった。武勇にすぐれ,ギベリンの代表的武人として恐れられ,フリードリヒの死後も破門されたまま教会と戦い続けた。多くの伝説を残し,ダンテも《神曲》でとりあげている。【清水 広一郎】

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のエッツェリーノ・ダ・ロマーノの言及

【ベローナ】より

…コンスタンツの和(1183)後,ドイツとの自由貿易の道が開かれると,ベローナは領土拡張主義をとり,フェラーラ,マントバと争った。一方,町の豪族のあいだで政権争いが始まり,1236年エッツェリーノ・ダ・ロマーノはフリードリヒ2世の援助を得てベローナのシニョーレの地位を獲得した(シニョリーア制)。1260年デラ・スカラ家のマスティーノをカピターノ・デル・ポポロに選びコムーネが再建されたが,マスティーノの弟アルベルトは,みずからベローナのシニョーレとなった。…

※「エッツェリーノ・ダ・ロマーノ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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