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オーストラリア共和制論議 オーストラリアきょうわせいろんぎ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オーストラリア共和制論議
オーストラリアきょうわせいろんぎ

オーストラリアにおいて 1991年 12月成立の労働党キーティング政権が打出した立憲君主制廃止による共和制の採用と,新しい国旗の制定運動をいう。キーティング政権の閣僚は 1960年代の学生運動の時代から共和制運動に共鳴しており,とりわけキーティング首相はイギリスのエリザベス女王を国家元首として位置づけることに異論を唱えてきた。 91年6月オーストラリア労働党全国大会で,オーストラリア連邦成立 100周年にあたる 2001年1月1日を期して立憲君主制の廃止,共和制移行という決議案が満場一致で可決された。 93年4月には共和制諮問委員会が設立され,10月国民投票による憲法改正を含めた共和制移行について答申をまとめた。またキーティング首相はエリザベス女王と会談の際,移行について公式に伝えた。しかし 96年3月の総選挙で労働党はオーストラリア自由党に敗れ,99年 11月に行われた共和制移行を問う国民投票では反対派が賛成派を上回り,共和制の採用は否決された。

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