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トルクメニスタン トルクメニスタン Turkmenistan

翻訳|Turkmenistan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トルクメニスタン
トルクメニスタン
Turkmenistan

正式名称 トルクメニスタン共和国 Türkmenistan Jumhuriyäti。面積 49万1210km2。人口 499万8000(2011推計)。首都 アシガバート中央アジア南西部の国。

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知恵蔵2015の解説

トルクメニスタン

長年サパルムラト・ニヤゾフ大統領の独裁体制が続いていたが、2006年12月死亡し、07年2月の選挙でグルバングリ・ベルディムハメドフ(49歳)が大統領に選ばれた。ニヤゾフ時代は鎖国状態が続き市場化も民主化も遅れているが、新大統領の下で多少の開放政策が実施されている。天然ガスの埋蔵量は4兆4000億立方メートルといわれ、04年の採掘量は740億立方メートルに達する予定で、前年を25%上回る。03年には、同国在住のロシア人二重国籍廃止問題で、ロシアとの関係が悪化した。ロシアはトルクメニスタンを、渡航を禁止する「危険国家」に指定した。その一方でロシアは中央アジアへの影響力を回復する努力も強め、トルクメニスタンとも関係改善に乗り出した。03年4月にトルクメニスタンは天然ガスを25年間ロシアに供給する契約を結んだ。ただ、06年6月には、価格が安すぎるとして、ガスプロムに対して1000立方メートルあたり現行の約2倍の110〜125ドルを要求し、受け入れられない場合は拒否すると警告した。07年5月には、ロシア、カザフスタンと沿カスピ・ガスパイプラインの建設に合意した。05年3月のキルギスの政変(チューリップ革命)の後、ニヤゾフ大統領は警戒心を強め、国民を外の世界から遮断する措置をとり、05年には国外からの印刷物は新聞も雑誌もすべて持ち込みが禁止された。トルクメニスタンは中立国を宣言しているおり、05年8月のCIS首脳会議でCISからの脱退の意向を表明したが、新政権はロシアやCIS諸国との関係復活を図っている。

(袴田茂樹 青山学院大学教授 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

トルクメニスタン

91年にソ連から独立。人口約500万人(07年国連人口基金)。イスラム系のトルクメン人が約85%で、ほかにウズベク人、ロシア人など。天然ガス資源は確認可採埋蔵量は2・7兆立方メートル(07年BP統計)。輸出の大半は天然ガスや石油製品で占める。1人あたりの国内総生産(GDP)は約1930ドル。国際NGO国境なき記者団」(本部・パリ)の言論の自由に関するランキングでは世界最低レベル

(2008-12-27 朝日新聞 朝刊 2外報)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

トルクメニスタン(Türkmenistan/〈英〉Turkmenistan)

中央アジアの南西部、アムダリアから西はカスピ海までの地域を占める共和国。東はアフガニスタン、南はイランと接する。首都アシガバット。1991年にソ連邦解体に伴い独立、1995年より永世中立国。砂漠が多く、灌漑(かんがい)農業や牧畜が行われ、また石油などを産する。旧称トルクメン。人口494万(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

トルクメニスタン

◎正式名称−トルクメニスタンTiurkmenostan/Turkmenistan。◎面積−44万8100km2。◎人口−504万人(2010)。◎首都−アシガバートAshgabad(70万人,2012)。
→関連項目ウズベキスタン中央アジアトルキスタントルクメン[人]

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世界大百科事典 第2版の解説

トルクメニスタン【Turkmenistan】

正式名称=トルクメニスタン共和国Türkmenistan Jumhuriyäti∥Republic of Turkmenistan面積=48万8100km2人口(1996)=457万4000人首都=アシガバートAshgabat(旧名アシハバード)(日本との時差=-4時間)主要言語=トルクメン語(公用語),ロシア語通貨=マナトManat独立国家共同体(CIS)を構成する中央アジアの共和国の一つ。旧ソ連邦の構成国であったトルクメン・ソビエト社会主義共和国が1991年独立し,改称したもの。

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大辞林 第三版の解説

トルクメニスタン【Turkmenistan】

中央アジアの南西部、カスピ海の南東岸に臨む内陸国。共和制。南はイランとアフガニスタンに国境を接する。国土の大半はカラクム砂漠で、綿花・石油の産地。1991年12月ソビエト連邦の解体により独立。95年に永世中立国になる。住民はトルクメン人。首都アシハバード。面積48万8千平方キロメートル。人口480万( 2005)。旧称、トルクメン。正称、トルクメニスタン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トルクメニスタン
とるくめにすたん
Republic of Turkmenistan英語
Turkmenostan Respublikasyトルクメン語
Республика Туркменистан Respublika Turkmenistan ロシア語

中央アジアに位置する共和国。かつてはソビエト連邦を構成する15共和国の一つ、トルクメン・ソビエト社会主義共和国Туркменская ССР/Turkmenskaya SSRであったが、ソ連崩壊(1991年12月)直前の1991年10月独立を宣言、従来の地域名を採用してトルクメニスタンと改称した。トルクメンと別称する。トルクメンは同共和国の住民トルクメン人を意味する。ロシア語でトルクメニヤТуркмения/Turkmeniyaともいう。南はイランアフガニスタン、北はカザフスタン、北から東にかけてウズベキスタンに接し、西はカスピ海に面する。面積48万8100平方キロメートル、人口512万4000(2003推計)、530万(2014年国連人口基金)。住民の81%をトルクメン人が占め、ほかにウズベク人(9.0%)、ロシア人(3.5%)などが住んでいる。首都アシガバート(旧称アシュハバード)のほか、トルクメナバート(旧称チャルジョウ)、ネビト・ダグNebit Dag、バイラマリーBayramaly(バイラム・アリBairam Ali)などの新興都市がある。5州に分かれており、42地方自治区、15都市、74町村からなる。[山下脩二]

自然

国土の大半はカラクム砂漠(約35万平方キロメートル)で占められている。南部のイラン、アフガニスタンとの国境付近にコペト・ダグ山地、バドフィズとカラビリの高地がある。したがって、気候は砂漠気候の特徴を示し、年平均気温は14℃~15℃、夏の平均気温35℃、カラクム砂漠南東部のレペテクでは最高気温50℃の記録がある。年降水量は80~280ミリメートルである。主要河川はアムダリヤ、ムルガーブ、テジェン、アトレクであるが、大河はなく、つねに水不足の状態であった。国内で唯一の水量豊富な川はアムダリヤで、1954年に中流よりカラクム砂漠を横断する大規模なカラクム運河の建設が進められ、1986年に完成した。灌漑(かんがい)用水のほか、水運、飲料水にも活用できる。[山下脩二]

歴史

コペト・ダグ山地の麓(ふもと)のアナウに、紀元前2000年以上前の農耕遺跡のアナウ遺跡がある。トルクメニアの地域は前6~前4世紀イランに、紀元後7~8世紀アラブに、13世紀モンゴルに征服され、16世紀ヒバ・ハン国およびブハラ・ハン国の一部となり、一部はイラン人の支配下に入った。トルクメン人はオグズの一分派といわれ、トルコ語系の言語を話し、遊牧を行っていたが、19世紀後半ロシアのトルクメニア進出とともにロシアに征服された。1880~1888年ザカスピ鉄道の建設によって、ロシアとの経済関係も強まる。1917年12月アシュハバード(アシガバート)でソビエト政権樹立が宣言され、1918年春トルキスタン共和国形成とともにその一部となった。同年7月アシュハバードで暴動が発生、8月イギリス干渉軍が侵入するが、1920年2月までには全土にソビエト政権が復活し、同年ヒバ、ブハラでも人民ソビエト革命が成功、1924年中央アジア民族的境界区分によって現在の国境が形成され、1925年ウズベキスタンとともにソ連の構成共和国としてトルクメン・ソビエト社会主義共和国が発足した。1920~1922年、1925~1927年の土地・水利改革により、また1930~1931年農耕地帯の、1932~1935年畜産地帯の集団化によって、地主、富農は一掃された。[木村英亮]

政治

1980年代後半、ソ連でペレストロイカ(改革)が進行しているなか、社会主義共和国最高会議議長で、共産党第一書記であったニヤゾフSaparmurad Niyazov(1940―2006)が、1990年10月27日に競争相手なしで大統領に選出された。1991年10月27日にソ連からの独立を宣言し、12月21日に他の国とともに独立国家共同体(CIS)に加盟した。共産党は1991年12月に正式に解散されたが、党員の多くは、共産党の資産を引き継ぎ、ニヤゾフが党首の民主党に集まった。その後1992年5月18日に大統領権限を強めた憲法を採択し、6月21日にニヤゾフが大統領に再選された。
 政権党である民主党のほかに、軍人、知識人、農業関係者などのグループがあり、ニヤゾフは農民党も組織して複数政党制の形式を整えたが、アグズイビルリク(統一)など反政府的な政党の活動は封じている。また大統領は、1994年1月15日の国民投票によって、2002年まで任期を延長し、12月11日の初の議会(マジュリス)選挙では、民主党が圧倒的な勝利をおさめた。1999年議会は憲法を改正して大統領の任期を無期限とし、2002年にニヤゾフを終身の大統領とし、長期にわたる独裁体制が続いたが、2006年12月にニヤゾフが急死。2007年2月に大統領選が行われ、ニヤゾフの死後より大統領代行をつとめたベルドイムハメドフGurbanguly Berdimuhamedov(1957― )が選出された(2012年2月再選)。議会は一院制で議員定数は125、直接選挙で選ばれ任期は5年。
 イスラム勢力は存在を認められ、サウジアラビア、カタール、イランなどからモスクの建設費やコーランなどの援助を得ているが、イスラム原理主義の影響は小さい。イランとの間にも1996年5月、南部のテジェンからイラン東部のマシャドまで鉄道が開通し、テヘランを経てトルコのイスタンブールまで路線がつながった。
 CISのなかでは独立の立場を守り、1994年10月の経済委員会の設置と共同防衛の文書には1か国だけ調印しなかったが、1995年5月にはロシアと2国間の経済協力協定と軍事協定を結んだ。2005年にCISを脱退し、準加盟国として参加する立場をとる。1991年の独立後、CIS諸国との貿易は縮小し、とくに輸入は輸出の6分の1に減った。トルコ・イスラム諸国との経済機構として、中央アジア5か国のほか、トルコ、イランなどを含めた経済協力機構(ECO)があり(2009年に正式加盟国から準加盟国となる)、またロシア、イランなど5か国でつくるカスピ海協力機構(CSCC)ではキャビアの価格維持のためのカルテル結成などを行っている。なお、1995年12月国連総会で「永世中立国」として承認されている。[木村英亮]

産業・経済

国土の大半はカラクム砂漠で、ほとんど降雨がなく日照が強く乾燥しているため、灌漑による綿の栽培に依存している。ソ連からの独立後、原綿生産は若干減少したが、穀物生産は1985年の31.6万トンから1994年の113万トンへ増大し、これは食糧自給体制づくりへ政策転換が行われたことを示している。農業の中心は綿花生産で、そのほか小麦、トウモロコシ、果物、野菜が栽培される。ウマとカラクルヒツジ、ラクダはブハラ絨毯(じゅうたん)などの原料を供給する。天然ガスの大鉱床があり、石油、鉛、亜鉛、銅、金も豊富である。輸出の大半は非食料・工業原料で、なかでもウクライナなどCIS諸国向けの天然ガスの比重が大きかったが、1997年3月ウクライナ、ジョージア(グルジア)などの代金未払問題等のため、これら諸国へのガス輸出を全面的に停止することがあった。天然ガスの大部分はCIS以外の国向けで、イラン、トルコ経由でヨーロッパに至るパイプライン建設計画もあり、1995年9月イランと天然ガスパイプライン建設計画に調印した。イラン向けパイプラインは1997年12月に開通した。しかし、ロシアとの関係は重視しており、1999年ロシアとの間に天然ガスの輸出契約を締結するなど輸出を増加している。日本も1996年(平成8)9月、日本輸出入銀行(現、国際協力銀行)がトルクメンバシ製油所改修に対し130億円の融資を行うことを決定。さらに1997年には、綿花加工工場建設プロジェクトに対して163億円の貸付を実施した。これら二つのプロジェクトは、2000年2月に完成したが、それとは別に1998年には、ポリプロピレン製造プラント向け融資(総額476億円)も行い、2001年10月に完成した。
 小企業の私有化は進められているが、土地、水、石油・ガス工業は国有を維持している。天然ガスなどの資源が豊かで、ソ連解体後の経済活動はCIS諸国のなかで、もっとも落ち込みが少なかったが、1994年ごろから沈滞がみられた。たとえば天然ガス生産量は1989年には832億立方メートルであったが、1994年には356億立方メートルと前年の55%に急減した。石油生産量は1975年には1560万トン、1985年には600万トン、1994年には410万トンに落ちている。2003年時点では天然ガス591億立方メートル、石油1040万トンと生産量の復活がみられるが、これらの分野では新投資による整備が必要とされている。
 2014年の輸出額は197億8200万ドル、輸入額は166億3800万ドルで貿易収支は黒字である。おもな輸出品目は天然ガス、石油、石油製品、織物、綿繊維など、輸入品目は機械設備、原料・資材、消費財(非食料品)などである。おもな輸出相手国は中国、ロシア、イラン、トルコ、輸入相手国はトルコ、ロシア、中国、イランなどである。
 通貨はロシアのルーブルにかえ、1993年11月1日にマナトを導入した。義務教育は10年間(初等・中等教育)。公用語はトルクメン語で、ロシア語も広く通用している。宗教はイスラム教スンニー派が多数を占め、ロシア正教も存在している。[木村英亮]
『下斗米伸夫著『独立国家共同体への道』(1992・時事通信社) ▽緒方修著『シルクロードの未知国(みちのくに)――トルクメニスタン最新事情』(1994・芙蓉書房出版) ▽中村泰三著『CIS諸国の民族・経済・社会――ユーラシア国家連合へ』(1995・古今書院) ▽中津孝司著『ロシア・ClS経済の変容と再建』(1996・同文館出版) ▽橋田担編『中央アジア諸国の開発戦略』(2000・勁草書房) ▽小松久男・梅村担他編『中央ユーラシアを知る事典』(2005・平凡社) ▽清水陽子著『シルクロードを行く――中央アジア五カ国探訪』(2008・東洋書店)』

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世界大百科事典内のトルクメニスタンの言及

【オグズ】より

…北アジア,中央アジアの古トルコ系遊牧民族の名称。アラブ史料ではグズGhuzz。古くは広義の鉄勒(てつろく)(テュルク)の一部分を構成し,突厥(とつくつ)時代以後,狭義の鉄勒の名称となった。その活動範囲は広く,アルタイ山脈周辺から,西方はカスピ海以西に及ぶ。中央アジアのトルコ系諸集団の名称として特に重要であり,トルクメンとも同義に使われる。イスラム化したトルコ族の始祖と考えられ,セルジューク朝もオスマン朝も共にオグズ・ハーン伝説をもつ。…

【セルジューク朝】より

…トルコ系の王朝。1038‐1194年。大セルジューク朝とも呼ばれる。トルクメン族の族長セルジュークは,カスピ海,アラル海の北方方面より10世紀末にシル・ダリヤ河口のジャンドへ移住してムスリムとなり,ガージーを集めて勢力をなした。その子イスラーイールIsrā‘īl(?‐1032)は,サーマーン朝,次いでカラ・ハーン朝,ガズナ朝と同盟して力を伸ばした。その甥のトゥグリル・ベク,チャグリー・ベクChaghrī Bek(987‐1060)らは,1038年ニーシャープールに無血入城し,40年にはダンダーナカーンDandānqānの戦でガズナ朝軍を破り,ホラーサーンの支配権を手中に入れた。…

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