カッシート朝(読み)カッシートちょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カッシート朝
かっしーとちょう
Kassite

イラン西部、ザーグロス山脈地方を原住地とするインド・ヨーロッパ語族の一系統カッシュ人が、バビロニアに建てた王朝。カッシュ朝ともいう。カッシュ人は山岳民族で、紀元前2000年ごろからバビロニア地方に侵入を始めた。ハムラビ王の死後国力が衰えていたバビロン第1王朝が、前1531年ヒッタイト王ムルシリシュ1世に滅ぼされると、バビロン第3(カッシート)王朝を建て、約500年間バビロニアを支配した。王は臣下に免税地の封土を与えた。そのため国土は分割されて、王家の権威が弱く、地方分権的な封建社会であった。封土に立てられたクドゥルー(境界石)は、アマルナ文書に残るカッシート朝の王の手紙とともに、当時を知るうえでの数少ない資料。[吉村作治]

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精選版 日本国語大辞典の解説

カッシート‐ちょう ‥テウ【カッシート朝】

紀元前一六~一二世紀、カッシートがバビロン第一王朝を倒して建てた王朝。首都バビロン。前一一五〇年頃アッシリアとエラムに滅ぼされた。バビロン第三王朝。

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