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カラマン侯国 カラマンこうこく Karamanoǧulları

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カラマン侯国
カラマンこうこく
Karamanoǧulları

アナトリア・セルジューク朝が滅びたとき,1256年カラマンオウル・メフメット・ベイによって建てられた一侯国。最初カラマンが中心地であったが,のち都をコンヤに移し,木材の輸出や良馬の飼育で知られた。

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世界大百科事典 第2版の解説

カラマンこうこく【カラマン侯国】

アナトリアの君侯国(ベイリック)の一つ。1250?‐1487年。最初の首都はラランダLaranda(カラマンKaraman),後にコニヤ,最後はシリフケSilifke。創設者は,オグズトルクメン族中の一集団といわれ,はじめイル・ハーン国に所属してキリキア方面にあり,ルームセルジューク朝のカイクバード1世(在位1220‐37)の頃に,アルメニア人からエルメネクErmenekの地を奪い,この地に勢力を扶植した。

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