コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ガイジュセク ガイジュセクGajdusek, D. Carleton

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガイジュセク
Gajdusek, D. Carleton

[生]1923.9.9. アメリカ合衆国ニューヨークヨンカーズ
[没]2008.12.12. ノルウェー,トロムセー
アメリカ合衆国の医師,医学者。フルネーム Daniel Carleton Gajdusek。1943年ロチェスター大学を卒業したのちハーバード大学に学び,1946年博士号を取得。その後ハーバード大学,国立衛生研究所のウイルス学・神経学研究所の主任などを務めた。オーストラリアのメルボルンにあるウォルター・アンド・イライザ・ホール研究所の客員研究員だった 1955年,ニューギニア高地民フォレ族の間で蔓延するクールー病と呼ばれる中枢神経の疾患の研究を開始。フォレ族の葬儀において死者の脳を食べる儀礼によってクールー病が感染するのを発見した。1958年に国立衛生研究所に移り,感染後,長期間潜伏期を経て変質性の神経疾患を発症させるスローウイルスの存在を立証。多発硬化症,パーキンソン症候群など多くの未解明だった神経疾患の研究に貢献した。この功績により,1976年にバルーク・サミュエル・ブラムバーグとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ガイジュセク
がいじゅせく
Daniel Carleton Gajdusek
(1923―2008)

アメリカのウイルス学者。ニューヨーク州ヨンカーズに生まれる。ロチェスター大学卒業後、ハーバード大学医学部で学び、1946年に博士号を取得した。ボストン小児病院に勤務ののち、カリフォルニア工科大学、コロンビア大学、ハーバード大学で研究を行った。1951年に徴兵され、陸軍医療学校でウイルス学を研究、その後、テヘランパスツール研究所メルボルンのウォルター・アンド・エリザ・ホール医学研究所を経て、1958年アメリカに戻り、国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)の所員となった。
 1950年代に、ニューギニアの民族フォレにみられる原因不明の慢性神経疾患「クールー病」について研究を開始した。フォレとともに生活し、この病気が、フォレが死者を弔うためにその脳の一部を食する習慣に原因することをつきとめ、さらに詳しく研究し、長い潜伏期間をもつスローウイルスの感染によることを証明した。1976年「感染症の起源と伝播(でんぱ)の新しい機構に関する発見」に対してブランバーグとともにノーベル医学生理学賞が与えられた。彼は賞金によってフォレの教育基金を設立した。なお、その後の研究で病原のスローウイルスは、ウイルスではなくプリオン(感染性タンパク粒子)であるとの見解が有力となっている。[編集部]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

ガイジュセクの関連キーワード奥健蔵キネマ旬報日活(株)有島武郎伊藤野枝トルストイ長崎大学梁思成大森房吉ギューリック