翻訳|encephalitis
脳実質の炎症による神経疾患で,病原体の脳実質への直接の影響によるもの,各種感染症に続発したり予防接種後などにおこるアレルギー性機序の考えられるものがある。
(1)病原体が脳実質を直接侵すことによる脳炎 日本脳炎,エコノモ脳炎,単純ヘルペス脳炎などをはじめ病原体はほとんどがウイルスである。症状は発熱,頭痛,吐き気,嘔吐などで始まり,意識障害や精神症状を呈するようになる。回復後も後遺症を残すことがまれではない。日本脳炎はカによって伝播されるアルボウイルスによるもので,従来日本で夏季に多発していたが,近年予防接種の普及によりまれなものとなった。エコノモ脳炎は嗜眠性脳炎とも呼ばれるもので,1915-25年に流行したが,その後ほとんど流行はない。大脳基底核が侵され,後遺症として脳炎後パーキンソニズムがみられる点が特徴的である。単純ヘルペス脳炎は単純ヘルペスウイルスを病原体とする。側頭葉を中心として浮腫をきたし,小出血巣が散在する壊死性脳炎の像を示す。急激に発病し,症状は重篤であり,致死率が高く,生存例にもさまざまな後遺症を伴う。近年早期から抗ウイルス剤を使用して良好な経過の得られた例の報告もある。そのほかに狂犬病,はしか,風疹,流行性耳下腺炎などでウイルス性の脳炎をおこすことがある。またセントルイス脳炎,カリフォルニア脳炎,ロシア春夏脳炎など地域により独特なものも知られている。
(2)感染症後,予防接種後に発病する脳炎 はしか,水痘,流行性耳下腺炎などの感染症後や種痘,狂犬病ワクチン接種後などに発症するもの,ならびに特別な誘因のないものがあり,急性散在性脳脊髄炎といわれる。発症機序としてはアレルギー性のものが考えられている。感染後あるいはワクチン接種後1~2週して発症する。急激に発病し,発熱,頭痛,嘔吐,意識障害,痙攣(けいれん)などを呈し,運動麻痺,知覚異常なども現れる。病理学的には静脈周囲の細胞浸潤と脱髄が白質に散在している。急性ウイルス性脳炎や膠原(こうげん)病との鑑別が必要となる。副腎皮質ステロイドが有効なことがある。多くは2~3ヵ月で軽快するが,重症例では死亡することもある。イドが有効なことがある。多くは2~3ヵ月で軽快するが,重症例では死亡することもある。
(3)遅発性ウイルス感染症 スローウイルス感染症ともいい,1954年シガードソンB.Sigurdssonにより提唱された概念であり,ウイルス感染後数ヵ月から数十年の長い潜伏期を経て発症し,亜急性進行性に悪化し死亡するものである。動物ではヒツジのスクレイピーscrapieなどが,ヒトではクールー,クロイツフェルト=ヤコブ病,亜急性硬化性汎脳炎,進行性多巣性白質脳症などが知られている。クールーはニューギニアのフォレ族にみられる神経疾患であり,ガイジュセックD.C.Gajdusekにより患者の剖検脳乳剤をチンパンジーの脳内に接種することで伝染可能であることが示された。この病気は死者の脳を食べる風習により伝播すると考えられている。クロイツフェルト=ヤコブ病は初老期に発症し,進行性の痴呆と錐体路および錐体外路症状を示し,急速に進行して死亡する。ギッブスC.J.Gibbsらによりチンパンジーへの移植が成功している。病理学的に灰白質の海綿状態を呈することが特徴的である。亜急性硬化性汎脳炎は小児の疾患で,知能低下,人格変化などから始まり,進行性に多彩な神経症状を呈するようになる。原因として麻疹ウイルスとの関連が考えられている。進行性多巣性白質脳症は白血病,悪性リンパ腫,サルコイドーシス,全身性エリテマトーデス,免疫抑制剤投与後など免疫機能が低下したときに発症する神経疾患で,白質の多発性の脱髄を示す。パポーバウイルスが病変部から分離されている。これら遅発性ウイルス感染症に対する有効な治療法はまだない。
執筆者:楠 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
脳実質の炎症性疾患で、脳炎症状のほか多少とも髄膜炎症状を伴うところから髄膜脳炎ともよばれる。ウイルスの感染によっておこる脳炎が大部分であり、ウイルス性脳炎viral encephalitisとよばれる。
ウイルス性脳炎は、急性脳炎、傍感染性(続発性)脳炎、持続性慢性脳炎に大別される。
急性脳炎には、一次的に向神経性ウイルスが脳に到達して発症する代表的な脳炎と、一次的に髄膜炎をおこし、これが脳実質に波及して二次的に脳炎をおこす髄膜脳炎とよぶのがふさわしいものとがある。症状としては、発熱や頭痛などの一般症状のほか、髄膜炎に特有な項部強直やケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状、意識障害、けいれん、昏睡(こんすい)などをはじめ、その他の病巣症状として眼球しんとう、顔面麻痺(まひ)、運動緩慢などもみられ、髄液にはタンパクや細胞の増多などが現れる。急性脳炎には、もっとも典型的な日本脳炎やセントルイス脳炎などをはじめ、髄膜脳炎の型をとるヘルペス脳炎(単純ヘルペス脳炎、水痘・帯状疱疹(ほうしん)ウイルス脳炎など)や腸管ウイルス脳炎(ポリオウイルス脳炎、コクサッキーウイルス脳炎、エコーウイルス脳炎)、ムンプス(流行性耳下腺(せん)炎)脳炎などがある。
傍感染性脳炎には、他のウイルス性疾患に続発しておこる感染後脳炎と、予防接種後に発症する脳炎が含まれる。この病因についてはアレルギー説が有力視されていたが、臨床ウイルス学の進歩により、向神経性ウイルス以外のウイルスでも直接脳に侵入して増殖する場合もあることが認められた。感染後脳炎はウイルス感染症の罹患(りかん)中、またはその急性症状が治まってから脳炎のおこる場合をいい、麻疹(ましん)、風疹、水痘などウイルス性発疹症に伴うことが多い。また予防接種後脳炎では、種痘後脳炎が注目されていたが、種痘中止によってその心配はなくなった。しかし、まれではあるが、狂犬病ワクチン、百日咳(ひゃくにちぜき)ワクチン、インフルエンザワクチンなどの接種後に発症することがある。
持続性慢性脳炎は、亜急性脳炎と慢性脳炎を含み、いずれもスローウイルスによる遅発性ウイルス感染症である。これには、麻疹ウイルス変異株の持続性感染を基盤とする亜急性硬化性全脳炎をはじめ、パポーバウイルスの持続性潜在性感染による進行性多巣性白質脳症、およびニューギニア東部高地に住むフォレ語族に限局してみられた小脳性運動失調を主徴とするクールーkuruなどがあるが、いずれも予後はきわめて不良である。
[柳下徳雄]
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…ヘルペスウイルスにより脳に急性炎症性の病変をきたす疾患。脳炎を起こすヘルペスウイルスとしては,単純ヘルペスウイルス,帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスなどがあるが,以下は単純ヘルペス脳炎について述べる。 単純ヘルペスウイルスは1型と2型があるが,この疾患は1型ウイルスにより起こる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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