ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キラーファト運動」の意味・わかりやすい解説
キラーファト運動
キラーファトうんどう
Khilafat movement
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インドのイスラム教徒の間に第一次世界大戦直後に高まった反英運動。大戦以前から列強によるオスマン朝への侵略に抗議する声がおこっており、大戦中、オスマン朝への同情もあった。しかしインド人は自治拡大を期待してイギリスに協力した。戦後イギリスは逆に弾圧法でこれに臨み、1919年アムリッツァル大虐殺を行った。これに怒ってガンディーが指導する民族運動が始まった。このときイスラム教徒は敗戦国オスマン朝のカリフを守るためアリー兄弟を指導者に全インド・キラーファト会議を19年末に組織した。20~21年ガンディー指導の民族運動と合流し、先頭にたった。しかし、22年2月、ガンディーが非暴力的抵抗運動を停止したのち、ヒンドゥー教徒との統一闘争は挫折(ざせつ)していった。
[加賀谷寛]
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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